蜜ロウソク屋のプライド
昨年は相次ぐ食品偽装が露になった年でした。残念なことに、異性化糖入りのハチミツまで出てしまいました。同じ物作りの人間として「プライド」を改めて問われた年になりました。
でも実は、私も「ろうそく屋」のプライドがないのです。うっかり「ろうそく屋」である自分を忘れていることもあります。取材などで聞かれると、ちぐはぐしてしまうことがあります。自分でもおかしなことだと思っています。
でも、蜜ロウソクにかける思いは絶対に日本一で、「研鑽」をなによりのスローガンにしています。しかし、自分の中で「ロウソク屋」は、やはり二番なのです。ではどこに一番のプライドがあるのか?この機会にじっくり整理してみました。
たとえば、私は「蜜ロウソク職人」と、紹介されることがあります。 嬉しいものの、なんだかとてもおこがましい気持ちになってしまいます。私にとっての職人はもっと崇高な憧れの存在だからです。職人とは、“いい物を同じ形に、たんたんと幾つも作り出すことのできる人”と聞いた事があります。まだ至ってないような気がします。それに、なにか物足りない気がするのです。
「キャンドル作家」とか「キャンドルアーチスト」と、紹介されると、少し腹立たしく感じます。この気持ちは私自身もよく分からない感情でした。私にとって作家も芸術家も憧れの職業なのに、一番遠いイメージで呼ばれているような気がします。
「養蜂家」と、紹介されると、家業を継いでくれている弟や本当の養蜂家の皆さんに申し訳なく思ってしまいます。私が一年中養蜂を手伝っていたのはたった8年間だけで、その後は、移動や採蜜、スズメバチ退治など忙しい時だけ手伝う程度なのです。ポピュラーなところだけをつまみ食いしているようなものです。でも、養蜂があるから現在があるので、実は少しは呼ばれたい気持ちもあります。でも、やはりそれだけでは足らないのです。
「蜜ロウソク製造業」と呼ばれると、やはり今のところ一番ほっとします。私は蜜ロウソク製造を業にして家族を養っています。一年中、蜜ろうのことを考えない日はありません。これだけ蜜ろうに恋焦がれている人間はおそらく日本にいないと思います。うす汚れた作業服の工場職人にも憧れています。だからこの肩書きが一番ほっとします。でも、それでもなにか物足りない気がするのです。
近頃、東北地方全域をカバーする新聞「河北新報」から職業や活動に関わる事で6回の原稿依頼をいただきました。書くのは好きですが、仕事やNPO活動に追われて自分のこの通信もなかなか発行できない私が(定期ご購読の皆様、ごめんなさい)、〆切のある文章を果たして書けるのか、とても悩みました。ただ、15年程前に、はじめて私に書く機会を下さったのはこの河北新報なのです。とても緊張して震えるような気持ちで書いたのを思い出します。文章の得意な友人に整理してもらい、なんとかでき上がったのですが、それが新聞に掲載されたことは、若い私には大きな喜びでした。はじめて書く楽しさを知ったのでした。ですから、とても恩を感じている新聞社なのです。
判断しかねて、その原稿を久しぶりに読み返してみると、こんなことを書いていました。
「…自然界の全ての生き物は、誰かに恵みを貰い誰かに恵みを返している。「貰ったら返す」という、ごく当たり前の事が、もしかしたらこの世で一生を送る為の最低限のルールではないだろうか。だとしたら、こんなに理不尽な事はない。我々ヒト科の動物は、あらゆる自然から恵みを受けているのに、何も返していない。そればかりか、森や川に捨てられたゴミのように、恩を仇で返してさえいる。森に入る度、人間の本当の気持ちが見えてしまうようで悲しくなる。今人間が求められていることは、まずもっともっと自然と人間の関わりを知ることではないだろうか。そして、関わりを知れば必ず愛着が生まれる。本来人間が自然に返すべき事は、その「根っこの付いた愛情」だったはずではないか。」
なんだか二十代の若い私に怒られているような気がしました。自然を熱く思うあの頃の刺々しさや勇気は、なんだか色あせていたような気がします。
でも、やっぱり私の一番のプライドは確かにここにあるのです。はじめて蜜ろうに火を灯した日の感動を、多くの人にも伝えたい。自然と人の距離を縮めたいと願ってはじめた職業だったのです。
私にとって蜜ろうそくは、森や自然の魅力を伝えるための「手段」なのです。だから、蜜ロウソク製造そのものに一番のプライドが育ってこなかったのでした。
「ナチュラリスト」のことを、日本ナチュラリスト協会を30年以上も前に仲間と立ち上げた西澤信雄さんは「自然の中に人が見え、人の中に自然が見える人」と言います。若い頃は、なんだかピンときませんでしたが、今は素直に「なるほどな」と思います。
「伝曲家」。 自然の音を感じて歌い奏でる作曲家の青木由有子さんが、だいぶ前のラジオで話されていました。「私は作曲家ではありません。自然から大切に音を受け取って人に伝える伝曲家です」と。奥ゆかしく、言葉少なく話されてはいても、熱いものを感じ、とてもかっこいいなと思いました。
と、いうことで、まとめます。
ハチ蜜の森キャンドルの蜜ろうそくは、アーチストが作る蜜ろうそくではありません。ナチュラリストの私が作る蜜ろうそくです。私は森の灯りを大切に伝える「伝燈使」です。
でも肩書きは、説明が長くなるので、蜜ろうそく製造業でお願いいたします。
(平成20年2月通信『ハチ蜜の森から』より)
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