空気神社

 「温暖化でトチノキが弱っているのかも知れない」山奥の村に生まれ育ち、養蜂家の妻を長年つとめてきた母がぽつりと言った。
 在来樹木では、最も蜜を恵んでくれる「トチノキ」が、今年もたくさんの花をつけた。養蜂にたずさわる者として、それはとても嬉しいことだ。だが、弱っているからこそ、毎年花をつけるのではないかと母は言うのだ。
 そもそもトチノキは,四年に一度の大咲きがあたり前のリズムだった。そして大咲きした翌年は、あたり前に花数を減らす。亡くなった父や祖父は、この大咲きする年を見込んで遠心分離機やトラックを買いかえていた。若い私もこのリズムを実感し、不思議な自然の摂理に驚いたものだった。
 ところが、十五年程前の冷夏の年から、そのリズムは完全に壊れ、全く予想がつかなくなってしまった。そしてここ数年は、開花時期が二週間も早まり、毎年大咲きが続いている。特に、今年の花数の多さは気持ち悪いほどだった。母の言うとおり、トチノキは本当に弱っているのかも知れない。あたり前のリズムに戻って欲しいと願っている。
 先日、世界環境デーに合わせたテレビのエコロジー特集番組で、歌手の平原綾香がキリバス共和国を訪ねていた。海抜二メートルのこの国は、五十年後には地球温暖化による海面上昇により水没するという。主産業のヤシの実をもたらす林は、たった一年間でずいぶん浸食されていた。現在、国をあげて他国の言葉や文化を学ぶなど、移住のための準備を始めていることを伝えていた。
 「先進国の皆さんはこの状況を分かっても今の暮らしを続けますか?」大統領が投げかけてきた。私たち先進国の贅沢な暮らしが、「もう間に合わない」国を存在させてしまっていたことに、大きな衝撃を受けた。最後に平原綾香が、「星つむぎの歌」を、録画してきたキリバスの人々と大合唱し、みんなで考えようと呼びかけていた。
 私の町のブナ林には「空気神社」がある。空気や空気をもたらす自然環境に感謝し、大切にするシンボルとして、町民の力で平成二年に建立した。世界環境デーの六月五日を「空気の日」に条例化し、毎年「空気まつり」を行っている。また、日本で初めて「地球にやさしい町宣言」も行った。一世代上の皆さんのそんな熱い思いに感化され、二十代前半だった私も署名活動を躍起になって手伝った。
 だが、正直なところ私自身も含め、あの頃の真摯な熱い思いは、今どれほど残っているだろうか。若い私自身に怒られているような気がしてしまった。
 志を共にしてくれる二十代の若者達がいた。七月六日、洞爺湖サミットの開催前夜、空気神社でキャンドルナイトを開催することになった。森の恵みの蜜ろうそくで、空気をもたらす樹々を優しく照らし、環境に対する思いをみんなで見つめ直したい。開催は差し迫ってはいるが、地域や世代を超えた多くの人に集っていただけるよう、みんなで呼びかけているところだ。
 「同じ時代と一つの空に 奇跡のかけらでつむいだ歌を…」。前述の「星つむぎの歌」にこんなフレーズがある。二千人以上の人が応募した言葉を繋いで作られたという、この優しくて立派な歌を私たちも合唱したい。稚拙な真似事になるかも知れないが、奇跡のかけらの一つになることを心から祈っている。
(2008年6月 河北新報「座標」掲載)