果物とミツバチと養蜂家
 

 蜜ロウソクが、どんなに暖かな光を放っても、さすがに春の陽気には叶わない。製造の仕事は、ついに繁忙期を終える。
 だが、ホッとするのはつかの間。山形の桜が咲き始めると、実家の蜜蜂たちが越冬していた南房総から帰ってくる。サクランボやリンゴの花粉交配へのリース、そして採蜜と、養蜂の繁忙期が始まり私もかり出されるのだ。
 山形県のサクランボの花粉交配は、県内の養蜂家だけでは蜂が足らないので、越冬でお世話になった南房総や、帰郷途中の北東北の養蜂家も駆けつける。蜂蜜はさほど収穫できないが、1群ずつリース料をいただけるのと、奥山での本格的な採蜜に向けた大詰めの育成期でもあるから、ありがたい仕事といえる。

 ミツバチの限定訪花性をご存知だろうか。ミツバチはその日訪花する花を選ぶと、一日中その種類だけを訪れる習性があるのだ。観察していると分かるが、例えばリンゴの開花期はたくさんのタンポポも咲くが、りんごを訪花しているミツバチは、けっしてタンポポには訪れない。逆にタンポポを訪花しているミツバチも同様である。
 以前、農家の方から、隣接するよその畑よりも、自分の畑により多くのミツバチを呼び寄せるために、タンポポはあえて刈らないというこだわりを聞かせられたことがあった。だが、それは効果がないばかりか、タンポポを訪花する蜂を増やすことになり非効率となるのだ。
 この習性が、ミツバチにとってどんな利益があるのかは分からないが、植物にとってみれば、違う種の花粉を付けられずに済むから、ミツバチはとても優秀なポリネーター(花粉媒介昆虫)と言えるだろう。事実、形の良い実が成ると評価され、山形ではラフランスやモモ、スイカ、メロン、イチゴなどにも使われている。
 ところで近頃、このミツバチによる花粉交配に違った形態が広がっている。
 4年前、ミツバチ減少によりミツバチが供給できなくなり、全国の果樹農家が大慌てしたことがあった。ミツバチに寄生するダニが勢力を増したこと、ミツバチ特有の病気が流行したこと、さらには農薬被害など、不幸なことが一度に重なってしまったことが理由にあげられる。
 確かにあの年は、実家のミツバチも少し元気がなく、さらにトチノキも例年よりも蜜を出さなかったので収穫量も少なく、このあたりの養蜂家はまさに「泣きっ面に蜂」状態だった。
 ただ、果樹農家の皆さんが大慌てした大きな理由は他にある。大量に輸入予定だった外国産の女王蜂に病気が見つかり、日本に輸入されなかったからだ。と言っても、それは私の実家のような蜂蜜収穫を目的とする通常の養蜂家とは関係ない。
 実は、使い捨てミツバチ用の女王蜂なのだ。
これは、通常3万匹前後いるミツバチの家族を五つにも六つにも、小さな巣箱に分け、そこに外国の養殖業者から大量に輸入した女王蜂を、一匹ずつ入れて即席な家族を作るという強引なやり方だ。働き蜂たちは、家族をばらばらにされたうえに、外国から来た継母をあてがわれてしまう。こうして簡単にミツバチを何倍にも増やすことができるのである。家族性の壊れた蜂数の少ない群れでは、そうとう手を掛けなければ繁殖することはできないから、1シーズンだけの使い捨てとなる。儲け本意の、まるでミツバチの工業製品化である。
 だが、通常の養蜂家では飼える群数に限界があり、より確実な結実を望む果樹農家の皆さんのニーズには応えきれていないのも現状だ。日々、他の生き物の命をいただいて生きている人間としても、それが悪い事だとは決めつけられないだろう。だが、やはりしっくりこない。
 蜂蜜を収穫するためには、ミツバチの家族性を大切にして一匹でも多くの働き蜂を維持しなければならない。そのために養蜂家は一年中、様々な世話をする。花のない季節は餌をやり、巣箱をいつも清潔にし、寒い時は藁や紙で囲い、スズメバチの襲撃から守り、電気牧柵でクマからも守る。冬場は600km離れた南房総まで連れて行き、さらには家畜保健衛生所の病気検査も受ける。そうして、年に二ヶ月程の採蜜に至るのである。それとて人間寄りとはいえるが、養蜂家のたくさんの愛情がミツバチに注がれ、「互いにいい関係」がそこに生じているのだ。ギリシャ神話の神様に養蜂の神様がいるように、人とミツバチのいい関係は有史以前より続いてきたものである。けっして奴隷のようにミツバチを使役して来たわけではないのだ。
 この使い捨て蜂には大きな問題がある。里地で飼育する小規模養蜂家のミツバチに病気が蔓延し始めているのだ。これは蛹(さなぎ)が育たずに死ぬ法定家畜伝染病で、発症すれば焼却処分しなければならない。
 本来、使い捨てミツバチは病気対策のため交配が終わると焼却処分しなければならないが、多くの農家の皆さんは、可哀想なのと来年も働いてくれることを期待し、残った群れをそのままにしてしまう。農薬の散布される畑で、小さな群れが手入れもされなければ、蜂数をさらに減らしてしまうのはあたり前のこと。やがて衛生状態が悪くなり、なりを潜めていた病原菌に冒される。
 そして、自然界のあたり前な摂理として、ミツバチは花の少ない季節になると、大きな群れが防衛力のない小さな群れから蜂蜜を奪う習性がある。
里地の養蜂家の健康群のミツバチが、使い捨てミツバチの病原菌を自分の群れに運び入れ二次感染してしまうのだ。
 経済優先社会の日本がもたらしたミツバチの不健康スパイラルは、当面続きそうである。

(2013年3月 グリーンパワー5月号(森林文化協会)連載「ハチ蜜の森のともしび」より)

リンゴを訪花するミツバチ


ハチ蜜の森キャンドル