和蜂と洋蜂


 今年も、「和蜂」を捕まえるための蜜蝋の注文が全国から届いた。
 和蜂とは、野生種のニホンミツバチのことで山蜂とも呼んでいる。対して畜産種のセイヨウミツバチは洋蜂と呼ぶ。近頃は、ネットや本で容易に飼い方を知ることができるので、飼いたがる方が多いようだ。
 和蜂の捕獲は、営巣している群れを無理矢理巣箱に入れるのではなく、小鳥の巣箱のように、自ら入ってもらうのが日本の伝統的な方法である。5月〜6月の巣別れの季節に、山の大きな木の根元など幾つかのポイントにトラップ巣箱を置き、巣別れした分蜂群がそこを住処とするのを待つ。入る確立を高くするため、蜜蝋を巣箱の内側にこすり付けて匂いを付ける。うまく入れば、身近な管理しやすい場所に移動する。そうして野生の蜂を手に入れた喜びは大きく、にわかに猛獣ならぬ「蜂使い」になった気分になれるのである。
 ちなみに、注文を下さる方は、まだ一度も飼ったことのない方が多い。飼えば蜂の巣の蜜蝋は手に入るからである。トラップの仕掛け方や飼育方法について質問攻めにあうことがある。
 祖父の養蜂の始まりでもあったこの和蜂は、私も若い頃から飼っている。飼い始めた頃は、トラップに入っているかどうかを確かめるのが楽しみで、毎日午前中は仕掛けた山々をまわるのが日課になっていた。巣箱も自分で工夫し、毎年飼育しやすいように進化させて作った。おかげで蜂は10群以上に増やしたこともあったが、本業はすっかり疎かになっていた。その後は、しだいに私自身の熱が冷めてしまい、今では軒下に積んだ巣箱を勝手に使わせているといった感じだ。
 体格は洋蜂よりもひと回り小さく、飛び方は軽々とし、体色は白黒。日本人と重ねあわせてしまい親近感がわいてくる。寒さには強く、真冬でも天気が良ければ工房の甘い匂いを嗅ぎ付けて飛んでくる。スズメバチが来れば、巣門のまわりに広く固まり、一斉に羽を波のように動かし威嚇する。スポーツのスタジアム観戦者が行うウェーブをもっと速く、二、三秒に一度、一瞬の波を何度も見せつける感じだ。その時の羽音は「ウワン、ウワン」と、まるで獣の唸り声にも聞こえる。さらに皆で果敢に包み込み、高い体温で大きなオオスズメバチを蒸し殺しにすることもある。だが、性格はいたって温厚で、静かに優しく行えば、煙なしで巣箱を開けることもできる。
 洋蜂のように大規模養蜂が成り立たない理由は、収穫できる蜂蜜の量が少ないこともあるが、一番は「クールな性格」にあるのだろう。無理矢理な捕獲や、世話を焼き過ぎれば、群れごと逃げてしまう。洋蜂は、何があってもそこに留まりたい性格なのに対し、和蜂はなにかあったら引っ越そうという性格なのだ。また、伝統的な巣箱では内検しづらいので、新しい女王蜂が育っていることに気づけず分蜂もされやすい。「逃げられて元々」な気持ちで飼うのが、伝統的な和蜂の飼い方といえる。
 さて、ここ数年、和蜂のハチミツに希少価値があるとして、洋蜂の何倍もの高値で売買されている。飼いたい方が増えている理由の一つだ。おかげで、実家のハチミツや私の蜜蝋が、洋蜂のものと知って落胆するお客様が少なくない。和蜂の蜜蝋を使って蜜ロウソクを作りたいからと、私が長年かかって培った精製や製造の方法を、強引に聞き出そうとする方もいる。悲しい事に、侵略者の洋蜂VS悲劇の在来和蜂論を戦わせる方もいる。なんだか、異常なほどのブームである。実は、これが私の熱が冷めてしまった理由でもある。
 こんなに多くの人達が飼い始めるということは、全国の山々でどんどん和蜂が捕えられ、人里に連れてこられ、うまく飼えずに死んでしまうパターンも起きているのだろう。想像すると少々哀れに思ってしまう。
 蜜源が少なく、農薬が身近な現代の人里は、残念ながら初心者が健康に蜂を飼える環境とは言いづらい。山の環境も変わり、餌を求めた熊も人里の畑に降りて来る。人気のない場所に電気牧柵なしで巣箱を置けば、確実に食べられてしまうのだ。
 しかし、和蜂を飼うことにより環境の現実を知るきっかけになるなら幸いである。それに、和蜂の飼育は、残すべき日本の伝統的な養蜂の姿でもある。種を保つ力は強いので、このブームにより絶滅危惧種になる心配もないだろう。だいぶ前だが、東京の代々木公園近くで蜜ロウソク作りのイベントを開く機会があったが、匂いを嗅ぎ付け、飛んで来た数匹に邪魔されたことがあった。
 ところで、洋蜂VS和蜂論者がいらっしゃると、いつも話している事がある。それはヤマドリとニワトリを比べるのと同じことではないかと。ヤマドリの肉はおいしく希少だ。だが、人は、卵や肉でどれだけ多くのニワトリに命を支えてもらっているか。
 和蜂は、野生に棲むミツバチとして、寒い季節も暑い季節も野山の隅々まで飛び回り、在来植物達の受粉を助け、多くの野生の生き物や人にまで豊かな実りをもたらしている。大切な役割を担った蜂である。
 片や150年程前に輸入された洋蜂は、畜産業としてハチミツやローヤルゼリーを身近なものにし、日本人の健康に貢献してきた。さらにイチゴやリンゴ、サクランボ、スイカ、メロンといった様々な果樹や野菜の受粉活動にも尽力している。蜜蝋においては、医療用軟膏や座薬、化粧品、絶縁材料、木材や皮細工のワックスなど、多くの分野で人々の生活を支えている。
 働きは違えども、人間にとってどちらのミツバチも同じ位感謝すべき存在といえるのだ。この和蜂ブームが、ただ消費・消耗するだけの無下なものにならないことを心から願っている。
(2013年6月 グリーンパワー8月号(森林文化協会)連載「ハチ蜜の森のともしび」より)

上段より、和蜂(ニホンミツバチ)、仕掛けたトラップ巣箱、巣箱



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