くさい蜜蝋とあたりまえな蜜蝋


 蜜ロウソクを販売下さっているオーガニックの専門店から質問されました。「国産蜜蝋を使用して作られた蜜蝋ハンドクリームを、毎年仕入れて販売していますが、今回は少し臭いです。なぜだと思いますか」と。そうなのです。残念ながら、日本で収穫されている蜜蝋は臭いものが多いのです。
 初夏の採蜜の季節が終わり、私の工房にも東北地方各地の養蜂業者から蜜蝋が届き始めています。私の実家は200群を飼う大規模養蜂家ですが、一群からは年間500g程、合わせて100kg程も収穫できません。それでは製造が成り立たないので、同じような大規模養蜂家の皆さんから仕入れているのです。
 届いた蜜蝋は、すぐに梱包を解き、色や匂いを確かめます。まだ見た感じは、不純物も見え、汚れているように見えますが、私には頬ずりしたくなるほど愛おしい上質なものばかりです。もちろん臭くはありません。これが「あたり前な」蜜蝋なのです。
 蜜蝋本来の匂いは、植物系やほのかに甘いものなど様々あります。それは、ミツバチが材料として食べるハチミツの違いで変わるものなのです。
 蜜蝋の腐臭は、製造を始めた頃にとても悩まされた問題でした。色はきれいでも、溶かしてみると腐臭が漂い、ひどい物は、服にまで臭いが染み付いてしまうほど臭いのです。色も茶色や灰色、薄く白っぽい色など、変色・褪色したものが多かったです。うちで採れた蜜蝋でさえも、初めはそんな状況でした。
 蜜蝋が「あたり前」でなくなる理由は幾つもありますが、結論を言えば、日本では大手精蝋メーカー向けの採り方をしているからなのです。機械を使った精製をすれば、濾過とともに脱臭・脱色できるので、どんな蜜蝋でも問題なく、一定の金額で購入してもらえます。日本では、これまで一般の方が蜜蝋そのものを使う文化がなかったので、直接小売りすることもなく、養蜂家は色や匂いのクレームに出会うことがなかったのです。機械精製されてきれいになった蜜蝋は、化粧品や薬、お菓子、ワックス、絶縁材料など様々な用途でメーカーに流通されています。
 では具体的に何が起きているのかというと、蜜蝋は採蜜の時に、巣穴にかけられた蜜蓋(みつぶた)や、巣枠からはみ出して作られた不用な巣が収穫されますが、養蜂家が最も過酷な労働を強いられる採蜜時に副産物として収穫されるものです。その疲れた身体は、巣をお湯で煮て圧搾精蝋器で濾過する一次精製の作業まではなかなか向いてくれないのです。大抵、巣は放置され、忙しい採蜜シーズンが終わってからまとめて行うことになります。その気持ちは、私もとても理解できます。また、20〜30群程度の小規模養蜂家の場合は、元々採れる巣の量がわずかですから、たくさん貯めてから圧搾精蝋器を使うことになるので、やはり同じように放置されてしまいます。
 その結果、色はあせ、巣の中に入っていた幼虫は腐り、腐臭を蜜蝋に染み込ませてしまうのです。さらに、花粉や薄い蜜が入った巣、採蜜作業中に雨にあたった巣などは、すぐにカビが生えカビ臭を付けますし、ミツバチの巣が大好物な蛾の幼虫が食い荒らし排泄臭を付けてしまうこともあります。大抵の養蜂家の皆さんは、外でその一次精製の作業を行うので、腐臭に気づきづらいのです。
 私が仕入れている蜜蝋は、養蜂家の皆さんにその点を理解していただき、収穫後すぐに精製された「あたり前な」蜜蝋なのです。

(2013年8月 グリーンパワー10月号(森林文化協会)
  連載「ハチ蜜の森のともしび」より 一部加筆)

上より、ムダ巣の収穫、圧搾精蝋器で濾過、仕入れた蜜蝋の確認



ハチ蜜の森キャンドル