志し、いまだ道なかば



 奥山に花がなくなる季節、女王蜂は産卵を抑えて徐々に家族を減らし始めます。他の虫達もいなくなるので、獲物をなくしたスズメバチに集中的に襲われる季節でもあります。 
 しかし、厳しい冬を乗り越えるためには、一匹でも多くの家族を維持しなければなりません。いくらでも花があり、暖かい人里に蜂を移動させます。秋の人里は田畑の農薬散布も終わり、ミツバチにとってやっと安全な場所になるのです。皮肉なことにスズメバチも農薬の影響で減っているようで、奥山よりも襲われる心配は少なくなっているのです。
 幼虫の餌となる花粉が採れて、砂糖水を度々与えれば女王蜂は安心して産卵を続けることができます。 
 
 こんにちは。私は朝日連峰大朝日岳の麓の町(山形県朝日町)で蜜ろうそく製造を生業とする者です。
 蜜ろうそくは、ミツバチの巣だけを原料にして作ります。ミツバチは、蜜を蓄えるためにハチミツを食べてお腹から蜜ろうを分泌し防水性の巣を作るのです。採蜜時には、巣枠外にはみ出て作られた「無駄巣」や、巣穴に蜜が満タンになるとフタをする「蜜蓋(みつぶた)」を切り取ります。そのような、どうしても出てしまう不要な巣を原料にしています。しかし、一群から年間で500g程しか採れないので、東北地方の養蜂仲間からも仕入れて製造しています。
 実は、私は200群のミツバチを飼育する父の後継ぎだったのですが、若い頃にこの蜜ろうそくの魅力に取り憑かれてしまい、独立して専門に取り組むようになりました。養蜂の仕事はありがたいことに、まもなく弟が継いでくれました。
 でも、私自身もミツバチは大好きなので、毎年数群を飼育していますし、採蜜などの忙しい季節には弟に手伝っています。
 蜜ろうそくに私が取り憑かれたのには、幾つかの理由があります。最も心を動かしたことは、ミツバチの巣がろうそくになる驚きや優しく美しい灯火が、離れてしまった「人と自然の距離」を縮めるいい手段になるのではと思ったことです。
 当時、時代はバブル景気で浮かれていましたが、田舎では国の政策により、奥山まで太い林道が作られ、広葉樹の森を伐採し杉に植え替える拡大造林事業が進められていました。残念ながら蜜源樹のトチノキも多くが伐採されました。森林が切られれば土砂が流れるために、たくさんの砂防ダムも作られました。里山には、都会のごみを受け入れる産業廃棄物処理場の計画や、リゾート法に守られたゴルフ場開発計画もありました。プレイよりも工事とゴルフ会員権の販売で経済を回すことのほうが目的のようでした。なにしろ、豪雪地の私の町にすら山を崩して200ha規模のゴルフ場を作る計画が三ヶ所もあったのです。
 私は自然を犠牲にする国やゼネコンのやり方に疑問を感じ、自然保護活動をしていた先輩方と反対運動を展開していました。幸いなことに、まもなくバブル経済は弾け、ゴルフ場も産業廃棄物処理場も作られずに済みました。少し遅れて、国内産杉が安値となり森林伐採も止まりました。 
 しかし、活動をしながら痛感していたことがありました。それは、少数派の私たちだけが反対しても時代の価値観は変わらないということです。私たちの活動は、身近な住民の皆さんから町の発展のさまたげになると反対されていました。当時は、今以上に都会的なこと、新しいことが優先の時代だったのです。
 その対策として先輩方は、活動と並行して地元の子供たちに、地元の自然や文化を体験させる取り組みを始めていました。私もスタッフとして手伝うようになりましたが、子供達を見ていると体験が自然への親しみに変わることを実感することができました。なにより、私自身が知らなかった自然を体験して益々地元の自然に愛情が増していました。
 やがて、いたずらで作っていた蜜ろうそくが「自然の分身」として、自然の魅力を伝えるいい媒体になるかも知れないと思い立ち、実験を繰り返して商品化にこぎつけることができました。そして、併せて養蜂のことを伝えるために、蜜ろうそく作りやミツバチ観察、森歩きなどの「ハチ蜜の森体験教室」も週末に受け入れるようになったのです。そんなスタイルを続け、この秋で30年目に突入しました。

 さて、近頃また胸が痛くなるできごとがありました。隣町の知らない方からニホンミツバチの駆除をして欲しいと電話で依頼があったのです。詳しく聞くと、庭の松の木の1メートルの高さにある洞から出入りしていて、普段は人の近づかない所だけれど草取りはしたいとのこと。
 私は住宅地に作られた人と共生しづらいスズメバチの駆除はしますが、その他のめったに人を襲わない蜂の駆除は極力お断りしています。その時も、駆除しなくても良い理由を丁寧に説明しました。
 ニホンミツバチは、私たちの畜産種セイヨウミツバチとは違って、近寄ってもめったに刺しません。優れた野生のポリネーター(花粉媒介昆虫)ですから、家庭菜園の野菜や果物、自然の実りの花粉交配には欠かせません。近頃の人里は、ネオニコチノイド系農薬の影響でニホンミツバチはもちろん花を訪れる虫類は全般に激減しています。貴重なポリネーターになっていることも伝えました。
 ちなみに、駆除依頼が度々あるアシナガバチも相当近くで速い動きをしない限りめったに刺してはきません。軒先のアシナガバチが下を通る人を刺すことはまずないでしょう。10月になれば次第にいなくなりますし、青虫など畑の害虫も獲ってくれる有益な蜂です。
 そのアシナガバチと似ていて、腰がくびれた黒いジガバチも絶対に人を刺しません。泥で巣を作り、幼虫の餌となる青虫やクモを詰め込み産卵するやはり有益な蜂です。
 また、スズメバチと同じ位大きな体で強靭な牙を持つオオハキリバチやクズハキリバチも絶対に人を襲いません。朽ちた木にあけた穴や葉っぱで作ったパイプに花粉を詰め込んで産卵する優秀なポリネーターです。夏に現れ、夏が過ぎればいなくなります。
 ジガバチもハキリバチも家族を持たずに母蜂一匹で産卵活動をしているので人を襲うことはありません。戦う必要がないのです。私は、いつも至近距離で観察しています。
 人を襲うのは、女王蜂や子供などの家族を持つスズメバチ、アシナガバチ、ミツバチです。この3種といえども、守っている巣以外の場所で人を襲うことはありません。たとえば花壇を飛んでいるセイヨウミツバチや、熟れたイチジクを食べているスズメバチがわざわざ人を襲うことはないのです。
 その電話の方には、見守ってあげて欲しいことを何度も願いましたが、命令口調で聞く耳をもってはくれませんでした。私は元々蜂駆除の看板を上げているわけではありません。気持ちのままに「かわいそうだから駆除できません」と伝えました。すると、あきれたように激怒され、いきなり電話を切られてしまいました。
 また後味の悪いやりとりをしてしまいました。人と自然の距離を縮める活動は、まだまだ道半ばです。

(「季刊地域」(農文協) 31号 2017秋号 連載「 ハチミツの森から」)掲載

 

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