春のみつばち


 まだ梅の花も咲いていないのに、春の日射しを感じるとミツバチ達は、長い冬越しを終えてついに外へ飛び立ちます。どこから探し出したのか。さっそく小さな花粉団子を後ろ足に付けて帰ってくる蜂もいます。門番の蜂は、ほかの群れの盗蜂ではないかと忙しそうにチェックしています。そんな様子を眺めていると、冬を無事に越させることができた喜びと、なんとも言えない安堵感に満たされます。厳寒の冬をよくぞ乗り越えてくれた思いからか、なぜか春のミツバチはとても愛おしく感じてしまうのです。私にとって、のどかな春を感じる一番の風景です。


 まもなく、桜が咲きサクランボのつぼみが膨らむと、弟の200群のミツバチ達は、越冬していた南房総から大きなトラックに乗って山形に帰ってきます。まずはサクランボの花粉交配の仕事をするためです。蜂達はツバキや菜の花が咲く暖かい南房総で一足先に大きな群に育っています。普段は蜜ろうそく製造をなりわいとする私も、これからの季節は、重労働な蜂の移動やハチミツの収穫など、なにかと弟のサポートに追われます。そしてなにより、私にとっては大切な「蜜ろう」の収穫期でもあります。
 蜜ろうは、ミツバチの巣のことです。ミツバチはハチミツを食べて、体内でろうに作り変え、腹部の関節の隙間から分泌して巣を作ります。ミツバチは花の少ない季節に備えて、蜜を貯えておかなければならないので水漏れしない巣を作る必要があるのです。スズメバチやアシナガバチの巣は、木の皮を細かく噛み砕いた紙製の巣です。彼らはハチミツを集めませんし、幼虫の餌になる虫の肉を巣に蓄えることもしません。子育てのためだけに巣を作るのです。
 ミツバチは驚くことに、食べたハチミツの量に対し、たった10%程しか蜜ろうを分泌できないそうです。ミツバチ一匹は、たった一ヶ月程の一生(活動期)で、小さじ一杯のハチミツしか集められません。正に小さな命が作り出した結晶だなと思ってしまいます。
 さらに、蜜ろうの色は、ミツバチが食べるハチミツの中に含まれる花粉の色が現れるのだそうです。実際に、濃いオレンジ色の花粉をつけるトチの花の季節は、巣はオレンジ色になり、収穫した蜜ろうもオレンジ色になります。同じようにキハダの花粉は黄色いので、黄色い巣を作り、黄色い蜜ろうになります。
 この天然の色が、蜜ろうそくに火を灯し、次第に溶け口が広がってくると、炎に透かし出され、絶妙な色あいを見せるのです。例えるなら、紅葉の赤い葉っぱが太陽の光で透かし出されるのと似ています。これは、私が初めて蜜ろうそくに魅了された理由でもあります。
 ミツバチの巣は、ハチミツ収穫の際に一緒に収穫します。とはいえ、ミツバチ達の住処をむやみに採ってしまうわけではありません。収穫するのは「蜜ぶた(蓋)」と「無駄巣」です。巣穴に蜜が満タンに貯えられると、働き蜂たちは保存のためにフタを施します。そのままでは、遠心分離機に入れても蜜は飛び出してこないので、専用の長い包丁を使って薄く切り取らなければなりません。また、巣板の木枠からはみだして作られた巣も、遠心分離機に入らなくなるので切り取ります。これが無駄巣です。ですから、蜜ろうはハチミツ収穫の際に採れる副産物といえます。
 ちなみに、ハチミツは年間で一群れから50kgも収穫できますが、蜜ろうは500gほどしか採れません。弟の200群600万匹のミツバチといえども、100kg程しか採れません。これでは、蜜ろうそく製造の仕事は成りたちませんから、東北地方の養蜂仲間たちからも仕入れて製造しています。
 収穫した巣には、蜜や花粉、小さな幼虫が入っているものもあるので、カビが生えたり腐ったりして腐臭がつかないよう、なるべくその日のうちに一次精製を済ませます。精製といっても大量のお湯で煮てザルで濾すだけです。お湯でドロドロに溶けた蜜ろうは上に浮き、一晩経てば固まって取り出すことができます。これで質が悪くなることはなくなるので一安心です。色が褪せないよう日の当たらない場所に保管しておきます。
 こうして収穫した蜜ろうは、さらに濾過を繰り返し、蜜ろうそくに製造します。ろうそくのみならず、お菓子や軟膏の材料、近頃は木工品や革製品の仕上げ用ワックスとしても人気となっています。


 昨年は、二人のお客様から素敵な話をうかがうことができました。
 お一人は酒田市の五十嵐久さんです。隣の鶴岡市でイベント参加していた私を訪ねてくださりお礼の言葉を下さいました。なんと、歩けなくなるほどの踵(かかと)のひび割れが、蜜ろうクリームを作って塗ったら治ったのだそうです。10年以上前、蜜ろうそくをお買い求めにいらして下さった時に、蜜ろうでハンドクリームが作れることを、私が話したとのこと。
 五十嵐さんは、今は引退なさいましたが、地魚を扱う和食料理店を長年経営なさっていたそうです。当時、五十嵐さんの仕事は、立ちっぱなしの水仕事だったので、手はあかぎれ、踵は血がでるほどひび割れて大変だったそうです。薬局から勧められた高価なハンドクリームでは治りませんでした。そしてある日、灯り残った蜜ろうをもったいないと思い、椿油を混ぜてハンドクリームを作られました。半信半疑でしたが、根気よく塗り続けると、二ヶ月ほどで踵のひびがなくなって驚いたそうです。それ以来、定期的に蜜ろうをお買い求め下さっています。
 もう一人は、隣町山辺町の若者佐藤由幸さんです。タンスの引き出しを一つ持って遊びに来てくれました。それは、亡くなったひいおばあちゃんの嫁入り道具だったという桐のタンスの引き出しでした。そのタンスは、だいぶ古くみすぼらしくなっていたそうで、自分で金具類を全部はずして、研磨し、バーナーで焼き色をつけ、最後に蜜ろうに亜麻仁油を混ぜ、仕上げ材として塗ったのだそうです。
  自然なやさしい艶がとてもいい感じに光っていました。蜜ろうを求めにいらした時に、その計画を聞いた私は、そんないい話に参画したくなり、少しだけ増量したのでした。そして、その仕上がりをわざわざ報告しに来てくださったのです。一連の工程を写真で見せていただきましたが、さびた金具も研磨して塗装するなど、とても丁寧に再生されていました。きっと天国のひいおばあちゃんも喜んでいることでしょう。
 そんな話をうかがうと、この仕事をしていて本当に良かったなと思います。そして、なによりミツバチ達の苦労に感謝の念がわいてきます。私が春のミツバチをより愛おしく思ってしまう理由の一片かもしれません。
 

(「季刊地域」(農文協) 33号 2018春号 連載「 ハチミツの森から」)掲載

 

ハチ蜜の森キャンドル