やっと気づいたこと


 サクランボやリンゴ、ラフランスなどの花粉交配の仕事を終えると、養蜂家はミツバチたちを深い奥山へ引っ越し、いよいよハチミツの収穫に追われます。私も毎年手伝っていますが、ハチミツは重いので、つくづく大変な仕事だと思います。
 それに、花は待ってくれないので、次の花の蜜が混ざらないように、どんなに忙しくても、用事があっても、少々天気が悪くても、収穫を終えなければなりません。そんな時、まるで邪魔するかのように、片脇で巣別れを始める群もいて、処理するために中断しなければならないことも度々あります。


 そんな忙しい採蜜作業をしながら、ふと気づいたことがありました。「巣別れ」と「蜜源植物」のことです。
 巣別れは、家族が増え、新しい女王蜂が生まれそうな時に始まります。養蜂家は、そうならないように新しい女王蜂の巣を見つけると生まれる前に取り除くのですが、どうしても見つけ残してしまうのです。すると、古い女王蜂は半分の家族の1万匹以上を連れて巣箱を飛び出します。その勢いはまるで水が流れ出るようです。ミツバチ達はそこいらじゅうを大げさに乱舞し、まもなく人目のつく近くの枝に大きくぶら下がります。
 ニホンミツバチの場合は、事前に見つけておいた新しい営巣場所にすぐに再出発をしてしまうのに、セイヨウミツバチの彼女たちはいつまでもそこにぶら下がっています。
 不思議なことに、普段はあんなに刺すのに、巣別れの間は、けっして刺さないのです。ぶら下がった群れの中に静かに手を入れてみても刺しませんでした。
 かのメーテルリンクは『蜜蜂の生活』(1913)で巣別れのことを、ミツバチ達が年に一度仕事も刺すことも放棄し自由になれるカーニバルだと書きました。働き尽くめの彼女たちを見ていると、そうあってほしいと私も思っていました。しかし、それは違うことに気づいたのです。
 きっと、人に対するプレゼンテーションなのです。「さあ、刺さない優しい私たちはここにいますよ。どうしますか?」と人を誘っているように思うのです。人は「しめしめ、これで甘いハチミツをいただける」と、箱に群れを落として蓋をします。すると、まもなく彼女たちはまた人を刺すようになり、うかつな扱いはできなくなるのです。
 私たち専業養蜂家の飼っているセイヨウミツバチは「人依存型昆虫」と呼ばれます。有史以前から人に飼われることにより、一年中安定した生活を得られることを知っているというのです。それにより生息エリアを世界中に広げることができたのだそうです。
 たしかに、養蜂家は一年中いろいろな世話に追われます。花がなくなるとある場所に移動しますし、貯蜜がなくなると砂糖水を与えます。クマやスズメバチから護り、獣医の健康診断も受けます。寒くなれば巣箱を暖かく囲い、越冬ははるか南房総までトラックに乗せて移動します。たしかにミツバチにとっては、いたせりつくせりです。

  
「野山には様々な花が咲くのに、どうしてハチミツは花の種類ごとに販売できるの?」
これは最も質問される不思議の一つです。私の実家でもリンゴ蜜、トチ蜜、キハダ蜜と、銘柄ごとに販売しています。味にクセのあるクリ蜜も依頼があると収穫します。もちろん100%とは言えませんが、ほぼその銘柄のハチミツなのです。
 その理由は、まず、ミツバチの「限定訪花性」という習性があげられます。尻振りダンスを踊って仲間に蜜のありかを教え、その日に最も蜜を出している植物に集中して一斉に蜜を集めるのです。植物にとっては、他の花粉をつけられずに済む利点があります。
 そしてなにより、咲く順番です。蜜をたくさん出してくれる春から初夏にかけての樹木は、ヤマザクラ・イタヤカエデ→トチ→キハダ→クリと、ちょうど良く順番に花を咲かします。実家ではりんご園で花粉交配を終えると、奥山に巣箱を移動し、大急ぎでりんごの蜜を採蜜し、巣箱を空にします。すると、まもなくトチが咲き始め、順番でトチ、キハダ、クリと銘柄ごとの採蜜が始まるのです。 
 おかげで、私たちの作業が滞りさえしなければ、トチのハチミツに黄色いキハダが混じることも、キハダ蜜にクセのあるクリ蜜が混じることもありません。
 私は近頃まで、この順番に咲くことについて、奇跡のような偶然だと思っていました。しかし、それは違うことに気づきました。植物たちは、あえて順番に咲いているのです。
 トチは日本の在来植物では最も蜜を出す量が多い第1位の蜜源植物です。100年も経った木なら1日一斗(およそ24kg)の蜜を出すといわれます。ですから、他の木たちは、あえてトチとは一緒に咲かないことを選んできたのだと思うのです。ミツバチに来てもらえなくなるからです。
 整理して考えると、まず、同じ山において蜜を出す量がおそらく4位か5位のヤマザクラやイタヤカエデは、「まだ寒いけど、トチが咲く前に咲いてしまおう」と、葉っぱを出す事もそこそこに急いで花を咲かせるのです。蜜を出す量はきっと同じ位なので、ミツバチを折半しあっているのでしょう。
 そして、いよいよトチが花を咲かせますが、ヤマザクラやイタヤカエデが咲き終わったあと、一週間ほど花を咲かせません。きっとこれは、いったんミツバチたちのお腹をすかせておいて、よく働いてもらう作戦です。
 蜜を出す量が第2位のキハダは、トチが咲いている頃、咲きたくてウズウズしているはずなのですが、やはり我慢しているのです。そして、受粉を終えたトチの花が赤っぽくなるのを見届けると、ようやく安心して黄色いつぼみを膨らませます。そしてキハダが終わると、第3位のクリが「待っていました」とばかりに、白いフサフサの花を一気に咲かせ始めます。
 そして、クリが終わると、そこからの植物たちは、蜜の量はどれも少ないため、重なり合いながら秋まで途切れることなく花を咲かせます。採蜜は9月にまとめて行い、様々な花の蜜が混じった「百花蜜」と表示して売られます。 
 逆に考えると、もし春先に全ての植物が一斉に咲いてしまったら、ミツバチ達は他の季節を生きられなくなってしまいます。植物たちは秋まで途切れることなく花を咲かせることにより、ミツバチたちを育んでいるように思えます。植物とミツバチの持ちつ持たれつの関係に改めて感心させられました。
 これが35年も養蜂の仕事に関わって、やっと気づけた二つのことです。

(「季刊地域」(農文協) 34号 2018夏号 連載「 ハチミツの森から」)掲載

 

ハチ蜜の森キャンドル