分蜂(ぶんぽう)

 ミツバチは、群れが大きくなり新しい女王蜂が生まれると、あるいは生まれる直前に、古い女王蜂がおよそ半分の働き蜂と共に、一斉に巣を飛び出します。
 大抵は、5月から夏にかけての天気の良い日の午前10時から午後2時位の間に始まります。その勢いは、まるで巣箱から水が流れ出るかのようです。一旦近くの木の枝に固まりになってぶらさがりますが、一日か二日の間に、樹木の洞などの新しい巣作りの場所に向かって、また一斉に移動を始めます。
 およそ10〜20メートル四方を一万匹以上のミツバチが不規則に飛び交いながら、ブンブン、ブンブン音をたて、ゆっくりゆっくり目的の場所に向かうのです。その様子を初めて見る方は、本当に驚いてしまうようです。「腰ぬけになった」とか「空が暗くなった」などと表現する方もいらっしゃいます。でも安心なのです。巣分かれのミツバチは全く刺す気は無くなっているのです。
 あれは夏の始まりの暑い日。1歳の長男玄太を連れて、山形市に買い物に出掛けた日のことです。おむつ交換をしたくて、大きな高架橋の下の日陰に車を停めました。エンジンを止めた瞬間、羽音が聞こえてきたのです。
 「まさかこんな町の中で」と思いながら、あたりを見回すと、橋と平行に飛び交いながら移動してくる分蜂群が目の前に現れたのです。その辺りはまだ畑もあったので、花粉交配用のミツバチから分かれて来たのかも知れません。しかし、こればかりはどうすることもできません。過ぎ去るのを車の中から、のんきに眺めていました。
 ところが、のんきになどしていられない事態が始まりました。動きが止まったミツバチたちは、民家の壁に着地しどんどんくっつき始めていたのです。なんと、そこが彼らの選んだ新しい住処だったのです。
 すぐに車から飛び下り、民家に走りよると、案の定その壁には、ガス管を通していたような3センチ 程の穴が空いていて、着地したミツバチたちは、その穴の周りを渦を描くようにぐるぐると回転しながらどんどん入っていく所でした。このまま入ってしまったら、もうとりかえしがつきません。いくら郊外でもこの住宅街では暮らせませんから、殺虫剤を入れて殺すしかなくなります。私はまだ間に合うかも知れないと思い、飛び交う群れの中に静かに入り、穴に入っていくミツバチたちをじっと観察しました。そしてギリギリの所で、なんとか食い止める手立てを得ることができました。
 今まさに穴の中に入ろうとしていた女王蜂を捕まえる事ができたのです。気付かない働き蜂たちは、見る見るうちに全て壁の中に入っていきました。
 あいにくその家は留守だったので、たまたま通りかかった町内会長さんの承諾を得て作業を始めました。でもあたりはもう静かだったので、会長さんは「本当に一万匹も この壁の中に入っているのか」と疑問のようでした。
 
私の作業は実に簡単です。道具箱にしていた木箱に、マッチ箱に入れた女王蜂を入れ、その壁の穴の脇に設置するだけです。「これからこの壁の中のミツバチを1匹残らずこの箱に移動させます」と説明すると、会長さんの疑問はまた膨らんだようでした。しかし、そんな疑問も束の間、ミツバチたちは穴からゾロゾロと列をなして出てきて木箱に入りはじめたのです。これにはさすがに会長さんも驚きだったようで、私は尊敬のまなざしを十分に感じる事ができました。
 そして、全てのミツバチが移動を終え、作業を終えた頃、その家の家主がちょうど帰って来ました。大捕り物があった事もつゆ知らず、駆け寄るなり大きな声で 「私の家でなにしてる!」と。 がくっ

ハチ蜜の森キャンドル