移 動
蜂の移動は、養蜂の中でとても気を使う仕事です。へたをすると、何万匹もの蜂たちを殺してしまうことになるからです。問題の一つは「熱」です。
みつばちは、蜜を食べるとそれを元に体温を上げることができます。スズメバチを、二ホンミツバチが取り囲んで熱でやっつけてしまう習性は、近頃よくテレビで紹介されます。また、冬の間は巣箱の中を一定の温度に保つための大切な暖房となります。そして厄介なのは、この熱はパニック時にも出されることです。
移動時、巣箱から出られないと気づいたミツバチたちは興奮してしまいます。近距離をまだ少ない群れで寒い時に移動するのなら問題はないのですが、温度の上がる季節の長距離は夜間でも危ないのです。どうなってしまうかというと、自分達の熱が、ハチミツの入った巣を柔らかくしてしまい、ミツバチたちは脱落した巣のハチミツにまびれて死んでしまうのです。そんな巣箱を開けると、まるでミツバチのつくだ煮のようで、とてもかわいそうです。
そしてもう一つやっかいなのは「記憶」です。ミツバチは働きに出かけると、必ず自分の巣箱に戻ってこれる高度な記憶術を持っています。けれども、巣箱が少しでも動いてしまうと、元の場所を飛び回ってばかりで、なかなか入れなくなってしまいます。他の巣箱に入ろうとするなら、侵入者と見なされ、攻撃を受けてしまいます。私たちは「30センチ以内、直線3キロ以上の移動」を基本としています。万一3キロ離れていないと、移動先から元の場所に、記憶をたどって戻ってしまうのです。始めての
場所に置く場合は、これで知らぬ間に蜂数を減らしていることもあるようです。
実は、専門に手伝っていた若い頃に大失敗がありました。結果的にミツバチは無事だったのですが、あまり思い出したくない、心底こりごりしたトラブルです。それは、南房総から冬越しを終え、千葉県北部の梨畑へ花粉交配目的に貸し付けるための移動の日の事でした。その年は、父の体の具合が優れなくて、私一人で越冬の仕事をこなしていました。移動日は、何日か前に梨の組合長から電話で聞いていました。同業の先輩方にも手伝っていただき、4箇所の蜂場から100箱近い巣箱をやっとの思いでトラックに積み込みました。
そして悲劇を迎えたのです。確認の電話を、梨の組合長宅に入れて、私は青くなってしまいました。私が聞いていた入地日は単なる予定日だったというのです。あとで分かったのですが、正式に決まると養蜂の組合長へ連絡が入り、それから私の所に連絡が入って、移動するというのが流れだったのです。原因は私の早とちりでした。私はぞっとしました。もう一度100箱を同じ場所に30センチも違わずに置くことなどできるはずがないからです。かといって、3キロ離れた蜂場はもうありません。ミツバチ300万匹は「みなしごハッチ」になってしまいます。それは、花粉交配はもちろん、ハチミツの収穫もできなくなってしまうということです。一冬の自分の苦労は水の泡、これからの収入もなくなってしまいます。私は、あわてて山形の父に電話し、
対策法を待ちました。
幸いなことに、昔借りていた蜂場の地主さんと連絡がとれたとのことで、短期間を約束に置かせていただけることになりました。そこは、ぎりぎり3キロは離れていたようです。夜遅くにも関わらず、同業の先輩方がまたも駆け付けて下さり、ミツバチたちは無事に下ろすことができました。何度も何度も頭を下げた日でした。
(平成13年12月『ハチ蜜の森から』より
ハチ蜜の森キャンドル |