蜂の移動 〜トラックへ積み込み〜 

 今年もミツバチは、南房総での越冬を終えトラックに満載され帰ってきました。落ち着く間もなく三日後には、さくらんぼ畑へ花粉交配の為に移動しました。それが終わると、いよいよ朝日連峰の森へハチミツ収穫のために移動します。そして、低い山の花が終わると、今度は高い山へ移動です。春から夏にかけて、こんなふうにミツバチ達は何度も何度も引っ越しをくり返します。
 蜂の移動で気を使うことの一つに、トラックへの積み込みがあります。巣箱は重い時には30キロもあり、それをトラックに重ねて積むのは、とても力のいる仕事です。特にさくらんぼ畑からの引き上げの時は、農家の人があとからあとから蜂を返しにやってきます。早く積まないと、すぐに荷台が巣箱で溢れてしまいますので、いつも「ふーふー」言いながら積み上げています。
 巣箱を三段に積むと、荷台からの高さは2メートル50センチにもなってしまいます。それを今度は、荷崩れしないように、きつくロープを掛けなくてはなりません。ロープ掛けは「ナンキン掛け」という独特の絞めつけ方があって、父は他にもいろいろなロープワークで荷台の巣箱を固定していきます。私はもっぱら巣箱の上に登り、父が下でロープを締め付ける寸前に、声をかけながら、両手で思いっきりロープを引っぱり上げ、すばやく離す役割でした。こうすることによって、ロープ全体が均等に締め付けられるのです。ロープ掛けが終わると、最後にそれぞれの列のロープを軽く引っぱって離し、張り具合を音色で確かめます。そして安心してからトラックを走らせます。私一人でロープ掛けをして南房総から山形に帰る道中は、心配で高速道路で何度も止まって確認したものでした。
 10年程前、南房総のミツバチにえさを食べさせる仕事を終え、山形へ帰る時のことでした。たまには別の道を帰ろうと、少し遠回りの内房を走っていました。鋸南町に差し掛かると大渋滞していたのです。お彼岸を前に花摘みの観光客が多い季節で、大型観光バスが何台も連なっていました。観光地なのに、その頃はまだまだ道は狭かったので、いつもの事だと思っていました。
 
ところが、原因は違ったのです。交差点にミツバチの壊れた巣箱が落ちていたのです。誰か同業者が、移動の際に落としてしまったのでしょう。ミツバチがそこら中飛び回っていました。大型バスはゆっくりゆっくり、踏みつぶさないようにハンドルをきっていました。どうやら、どの車の運転手も、めずらしい落とし物を窓ガラス越しにゆっくり観察してから通り過ぎているようで、それも渋滞の大きな原因になっているようでした。 
 「やれやれ」と思いつつも、同業の身で通り過ぎるのも気がひけ、処理にあたることにしました。それに冬の南房総には、北海道や東北のたくさんの養蜂家が越冬のためお世話になってます。こんなことで評判を落としてしまっては大変です。近くの電気屋さんから、テレビの大きな段ボール箱をいただいてきました。薫煙器で煙を吹きかけて、攻撃的になっているミツバチの気持ちをおさえました。幸いなことに女王バチは生きており、巣箱も一壁面が割れただけでした。そして静かに段ボール箱に入れ、ガムテープで密封しました。しかし、飛び出してしまったミツバチはどうすることもできません。もともとの蜂場が近くであることを期待しました。近くであれば、女王のいる自分の巣がなくなったことに気付けば、いずれその場所に戻るからです。
 段ボール詰めにしたそのミツバチは、駆け付けてくれたおまわりさんの派出所の裏の日のあたらない所に置き、養蜂組合長さんに連絡して引き取りに来てもらうようにお願いしました。お巡りさんいわく「こんな落とし物を受け取ったのは生まれて初めて」と。
 それにしても、処理中に通り過ぎたドライバーやバスの観光の皆さんは、きっと私のせいだと思ったことでしょう。そしてなにより悔しいのは、すぐに見つかるだろうと思っていた人騒がせの張本人が、未だに判明していないのです。きっと知らないふりをしているのでしょう。一言、言ってやりたかったです。「ロープ掛けは大切」と。

(平成13年4月 通信『ハチ蜜の森から』より)

ハチ蜜の森キャンドル