蜂刺され 

 先日、「世界まる見えテレビ」で紹介したアメリカのキラービー(殺人蜂)を見て、思い出した経験があります。
 小学3年か4年の春、さくらんぼの花が満開の頃のことです。両親は、花粉交配用に置いていたミツバチの点検をしており、私は近くで遊んでいました。そこは確か、さくらんぼ畑の中の小さな墓地でした。私は、大好きな虫遊びに飽きて、墓から墓へ飛び回って遊んでいたのだと思います。ところがそのような早い動きは、ミツバチたちに敵が来たことを認識させてしまう行為なのです。私は、まもなく彼等の一斉攻撃にあってしまいました。逃げまどいながら、私は数十匹に刺されたと思いました。すぐに父が助けに来て針を抜いてくれましたが、実際は4匹でした。しかし、体じゅうに次々に感じた強烈な痛みと、あの恐ろしさは今でもしっかり感覚として残っています。やがて全身にじんましんが現れ、今度は病院で大きな注射針に刺されました。こりごりした私は、その時、絶対に養蜂家にはならないと心に誓いました。
 10年後、私はしっかり養蜂家になってました。(笑)養蜂家に、刺されることはつきものです。刺されない日もありますが、大抵は刺されます。数えたことはありませんが、年間でおそらく300回くらいは刺されるでしょう。でも、それ以上刺される人もいるし、それ以下の人もいるでしょう。
 父の元養蜂を学び始めた私にとって、それは大きな試練でした。特に、身体に免疫ができるまでの2〜3ヶ月が大変です。一匹刺されると、痛くて半日は仕事する気になれませんでしたし、毎日指の関節が曲がらない程腫れました。痛みが終わると今度は痒くなります。 しかし、それはだんだん誇らしさに変わりました。「今日は○匹刺された」家に戻ると、自慢げに母や弟に報告しました。そして6月の忙しい季節がはじまり、ふと、どうってことなくなった自分の身体に気付き、「俺も一丁前だ」と喜んだのでした。養蜂家はみんなそうだと思いますが、いつまでも痒い「蚊」に刺されるなら、ミツバチに刺されるほうがずーっと楽です。でも刺された時は、いまだ奥歯を噛みしめるくらい痛いものですが。
 ところで、刺される場所によって痛さはちがいます。痛い場所は、指先、やわらかい所、頭、顔、です。これまで刺された中で最も痛かったのは、あごの下のやわらかい所です。頭のてっぺんも痛いです。まぶたを刺されれば、今でも腫れます。涙が止まらなかったこともありました。鼻を刺されて鼻水が止まらなかったり、くしゃみが止まらなくなったりもしました。度々ある恐ろしさは、そでや襟元から服の中に侵入されて、胸とか背中とか、時には太ももとかを歩き回られることです。刺されるかも知れない恐ろしさは耐え難いものです。どんなに慣れていても、刺されるよりは刺されない方が何倍もいいものです。それから、一番刺される場所でもある指先は、神経が集中しているのか痛いです。特に爪の間はいつまでもじくじく痛く、最も刺されたくない場所です。
 対策として、ゴム手袋があります。私たちも、ミツバチが怒りはじめるニ度目からの採蜜は、必ずはめてやります。でもそれ以外ははめません。それは、自分の気持ちが大きくなって、ミツバチに対して横柄な動きをしてしまうからです。たとえば、巣の点検時、素手ならハチが怒らないように箱から巣を「そーっと」抜き出すものですが、手袋をはめてしまうと、「さっと」抜き出してしまいがちです。ハチにとってみれば生死に関わることですから、だんだん怒りやすい性格の群れになってしまいます。養蜂家が手袋をはめないのは、ミツバチと対等のいい関係を保つためなのです。

(平成14年11月 通信『ハチ蜜の森から』より)

 

ハチ蜜の森キャンドル