蜜ぶたを切る

 20数年実家のハチミツの収穫を手伝ってきましたが、今年ははじめて「蜜ぶた(蓋)切り」の仕事に挑戦しました。
 蜂達は貯えられたハチミツを、羽で仰いだり、口うつしで伸ばしあって、水分を蒸発させます。そして、発酵しない濃度になると、巣穴にふたをして保存をします。採蜜時、これが付いたままでは遠心分離器で巣を回しても蜜は出てきませんので、必ず切り取らなければならないのです。実は、この仕事をしていた両親が年老いはじめたので、代わるべく切り方を教わり、妻と共に新人デビューしたというわけです。しかし、思いがけず、これが痛いデビューとなりました。
 蜜ぶた切りは、専用の包丁「蜜刀」を使います。反った両刃のもの、そして細長い刺身包丁があります。これらは、蜜ロウでできた巣を溶かし切るために、また、ハチミツのベタベタが抵抗にならないように、常に刃を熱湯の中に入れて熱くしておきます。巣箱から取り出されて、持ち込まれる巣は、必ずしも平らな状態ではなく、大抵は凹凸があります。また、切ってはならない蛹(さなぎ)の巣が部分的に含まれていたりします。反った両刃の蜜刀は、そんな時にとても有効なのです。 また、蜜を採り終えた巣板は次回の時にいくらでも平らな巣になるように凸凹を切りそろえますが、この時はまっすぐで長い刺身包丁を使います。固い巣も、ぐいっと力を入れられます。
 長年使っている両刃蜜刀をよく見ると、先のほうがとても細くなっていて、光沢もなく、新調したばかりのものと比べると貧相な蜜刀に見えました。しかし、使ってみると、断然この古い蜜刀のほうが切りやすいのです。面倒な細かい凸凹や木枠よりも浅い部分に作られた蜜ぶたもスイスイと切れました。まさに、研ぎ澄まされてきた結果が使いやすさとなって現れていました。
 よく見ると、刺身包丁の方もまっすぐではなくてほんの少し反っていました。以前に父が、使いやすいようにハンマーで叩いたのだそうです。確かにこの少しの反りのおかげで、刃の上下方向のコントロールがきいて、巣に深く刺さることも浅いまま浮き上がってくることもないようです。
 さて、いよいよ切り方ですが、巣板を立てて下から上へ蜜刀を泳がすようにさーっと切るのが理想です。ところが、巣には部分的にかたい所があります。そんな時には巣板を押さえる左手に力を入れ、右手の蜜刀にも力が入ります。実はこの時に痛い思いをしてしまうのです。かたい所を切りおえた蜜刀が、勢い余って、巣板を押さえていた左手を切ってしまうのです。ゴム手袋をはめているので、深く切れることはめったにないのですが、今年は大小合わせると5回も切ってしまいました。私の左手は、いつも絆創膏がトレードマークのようになっていましたし、身替わりになるゴム手袋はすぐに穴だらけになり、シーズン中に何度も交換しました。ゴム手袋がなかったら、いったいどれだけ切っていたかと思うとぞっとしてしまいます。
 左手は、最初から巣わくの影に隠すように押さえれば、あるいは、切り始めたら指を隠すようにするのが基本です。しかし、巣が不安定になり切りずらく、能率が悪くなるので、ぎりぎりまで指を隠さずじまいで、痛い思いをしてしまうわけでなのです。
 しかし、実際にはわずかな能率の違いで、切った時に妻の助けを借りて絆創膏を貼る時間のほうが、よっぽど能率悪いと言えます。(笑)実際、シーズンを終えて振り返ると、一度も切らないで淡々とこなしていた彼女のほうがたいしたものだったと思います。
 そういえば父母の時も、たびたび絆創膏騒ぎを起こしていたのは父のほうで、母がバックからさっと絆創膏を取り出すと、手慣れた様子で貼っていました。

 

ハチ蜜の森キャンドル