キイロスズメバチ

 20年以上養蜂の仕事を手伝ってきましたが、昨年は気持ち悪い事がありました。それは、キイロスズメバチがミツバチを襲いにこなかったことです。
 私の担当する工房近くの白倉蜂場には、8月から10月にかけて、例年なら一日で100匹以上のキイロスズメバチがミツバチを捕らえにやってきます。
 彼らは、巣箱の前でホバーリングしながら待ち構え、帰って来るミツバチを一匹捕らえると、すぐ近くの木や草の小枝にぶら下がり、牙を使って解体作業をはじめます。胸部の肉だけにして自分の巣に持ち帰り幼虫に食べさせるのです。 
 幼虫はひきかえに特別なアミノ酸のよだれを分泌します。成虫はそれを飲むと体の中でエネルギーが効率良く燃焼され、さらにパワーアップしてミツバチハントにやって来るしくみです。ちなみにその特別なアミノ酸を研究して開発されたのが、Qちゃんでおなじみの脂肪燃焼型スポーツドリンク「バーム」なのです。私も駆除してきた巣の幼虫を育てようと、刺身を与えたことがありましたが、口元に餌があたると確かに透明な液体を吐き出していました。
 話しは反れましたが、彼らはこの作業を一日で何度も繰り返すわけですから、被害もいつのまにか大きくなります。それに、巣の入り口で度々待ち構えられると、ミツバチ達は働きに行けず、越冬のための花粉やハチミツが集まらなくなります。すると女王蜂は、冬が近づいたと思い産卵数を減らしてしまうのです。群れの蜂数が減ると、冬を越させるのが困難になってしまいますから、養蜂家はぎりぎりまで産卵を続けさせる努力が必要なのです。
 私たちは、捕虫網を使って一匹ずつ捕まえて足で踏みつぶすという原始的な作業を毎日繰り返しています。9月のピーク時には、午前に100匹、午後に100匹捕まえる日もざらにあります。蜂場内をあっちに行ったりこっちに来たりと、けっこう体力を使う仕事です。一匹もいなくなるまで頑張りますが、翌朝には、また同じ数のキイロスズメバチが通ってきます。周辺の幾つもの巣から毎日それだけ生まれてくるということでしょう。さすがにうんざりしてしまいます。
 しかし、私の動体視力も相当鍛えられるようです。高速飛行しているものを捕まえたり、背後から迫って来る羽音を聞いて瞬時に網を出して捕まえたり、自分でも惚れぼれするような技が出ることが何度もあります。残念なのは、誰も見てくれないことですが…(笑)
 そんなスズメバチ退治を、昨年はほとんどしなくて良かったのです。一日で飛んで来るのはせいぜい2〜3匹。近くに成長不良な群れが一つある程度なのでしょう。毎年依頼される住宅地のスズメバチ駆除も数えられる程しかありませんでした。こんなことははじめてです。
 養蜂仲間が不気味なことを言っていました。「アブラゼミが鳴かなかった。空を埋め尽くす赤とんぼもわずか。イナゴは皆無。」
確かにそうでした。他にも心当たりはあります。ハエ叩きした記憶がありませんし、雨の夜に道路に無数に現れる小さなカエルも。カエルのうるさい鳴き声も、秋の虫のうるさい鳴き声も記憶にありません。街灯に飛んで来るカブトムシも、秋にやってくるカメムシもとても少ない年でした。なによりミツバチ達が原因不明の減り方をした年でした。それが原因で蜂がとりかえしのつかない病気にかかってしまった養蜂家もいました。
 昨年の大雪の影響なら良いのですが、近頃、農家の高齢化に伴い、残留性の高い農薬が使われはじめたことも事実なようです。岩手県の養蜂協会では農薬被害が如実に現れたとして2年続けて損害賠償を請求し認められました。推測で言ってしまうのは、罪なことになりそうですが、レイチェルカーソンの『沈黙の春』を思い出し、ぞっとしてしまいました。

ハチ蜜の森キャンドル