ミツバチ墜落

 何年ぶりだったか。ミツバチの墜落を防ぐため、巣箱の前に雪を積み上げる仕事を手伝いました。
 昨年十一月。私の住む山形県内陸部にも、十一月としては観測史上初となる大雪が降りました。このような極端な気象の変化は「地球温暖化」の影響と見なしてよいのではないでしょうか。降り続けた雪は、私の手伝っている養蜂場にも三十センチ近くの積雪を残し、まもなく冬型が去ると、打って変わって秋晴れの青空となりました。ミツバチの墜落はこんな日に起こるのです。
 今回は、気温が上がる前に処置することができたので、僅かな犠牲で済みましたが、実はだいぶ前に苦い経験をしたことがありました。
 あの日も青空と一面の銀世界。私は信じられない光景に目をみはりました。秋晴れの空に、勢いよく飛び出したミツバチ達が、そのままの勢いで雪の上に墜落していくのです。まるで操縦不能になった小型ジェット機のようでした。
 「雪に反射した紫外線で、空と地面の区別がつかなくなってしまうんだ」と、父が教えてくれました。よく見ると、すでに養蜂場の雪上には、おびただしい数のミツバチが落下し、黒い点々がどこまでも広がっていました。それ以上飛び出さぬように、急いで巣箱の前を雪で覆いましたが、大きな被害となってしまいました。
 ミツバチが持つささやかな体温は、命とひきかえに、雪を二、三センチ程の深さに丸く溶かしていきます。落ちたばかりの一匹を、父が手のひらに載せ、暖かな息を吹きかけると、もぞもぞと元気を取り戻しました。かわいそうに思った母が、たまらずビニール袋を手に一匹ずつ拾い始めました。気休めとは思いつつも準じ、三人でおそらく千匹以上は拾ったでしょう。車の暖房で息を吹き返したそのミツバチ達は、家族の少ない群れにそっと入れてあげました。おそらく、二十年程前の出来事です。
 ところで、前号でも触れましたが、厄介者のキイロスズメバチが、ここ二年異常に減少しています。ミツバチを餌にされてしまうから、養蜂家にとっても、それは喜ばしいことではあります。しかし、一日に百匹も二百匹も襲いにやってきていたのが、昨年も今年も数匹程度だったのです。頼まれる近隣市町の駆除依頼も、毎年三、四十件はあったのですが、一昨年は三件。昨年はたった一件でした。二十五年も養蜂を手伝ってきてこんな事は初めてです。正直言って気持ちが悪いのです。
 スズメバチとミツバチでは生き方が違うから、同じ理由はあてがえないにせよ、なにかしら似たような温暖化の影響を受けているのではないかと思うようになりました。他の昆虫や連鎖する生き物達はどうでしょう。
 そういえば、私たち人間にも同じようなことがありました。一昨年の記録的な被害をもたらした大雪です。たしか全国で百四十人余りの命が奪われました。命を落とされた方のほとんどは、雪の専門家であるはずの雪国の人々です。長年培ってきた経験が通用しない冬だったのです。 
 温暖化の影響は、けっして緩やかに訪れるものではないようです。もっと真剣に、身辺の温暖化対策に取り組もうと思っています。
 
(河北新報「座標」2008.1.26掲載を一部加筆) 

 

ハチ蜜の森キャンドル