巣別れ
「巣別れ」のことを、メーテルリンクは、ミツバチ達が年に一度、仕事も刺すことも放棄し自由になれるカーニバルだと言いました。(『蜜蜂の生活』1913)働き尽くめの彼女たちを見ていると、そうあってほしいと私も思っていました。でも近頃、「もしかしたら人に対するプレゼンテーションなのでは」と思うようになりました。
およそ150年前、日本にイチゴとともに、花粉交配目的で輸入されたセイヨウミツバチは、もともと人依存型昆虫です。(ニホンミツバチは無依存)昔から人は、ハチミツを得るために、巣箱を花のあるところに移動し、花がない季節は砂糖水をあげ、巣箱を掃除し、外敵から守るなどの世話をしてきました。人に飼われることにより、安定した生活を得られることを彼女たちは知っているのです。
巣別れが始まると、ミツバチ達は大げさに乱舞し、まもなく人目のつく近くの枝に大きくぶら下がります。不思議にことに、普段は巣箱に近づく人をあんなに刺すのに、巣別れの間は、けっして刺さないのです。ぶら下がった群れのかたまりの中に静かに手を入れてみましたが刺しません。ニホンミツバチの場合はまもなく新しい営巣場所に再出発をしてしまうのに、彼女たちはいつまでもそこにぶら下がっています。
私には「さあ、優しい私たちはここにいますよ。どうしますか?」と人を誘っているように思うのです。人は「しめしめ、これで甘いハチミツをいただける」と、箱に群れを落として蓋をします。すると、まもなく彼女たちはまた人を刺すようになり、うかつな扱いはできなくなるのです。そうして、人とミツバチの有史以前から続いてきた、ギブアンドテイクの共存関係が始まるのです。
ところで、ミツバチはハチミツを人にもたらしてくれるだけでなく、様々な農産物の受粉をし、実りももたらしてくれています。
しかし近頃は、小さな家族に分けられた産業用使い捨てミツバチが流行り、小さな群れでは衛生力が落ちるため病気が出て、周辺の正常群にも病気をうつしています。そして、受粉が終わればその使い捨てミツバチ達は巣門を閉ざされ殺されます。殺さないと益々病気が広がるからです。
さらに、そんな農産物に貢献しているミツバチ達ですが、畑や水田は作物が残効性の高い新型農薬を吸っているため、餌となる蜜や花粉が常に汚染され、ミツバチ達は免疫力が落ち、病気やダニに弱くなってしまう現象が起こっています。ミツバチのみならず、野生の花蜂や花アブ系昆虫達も姿を消しはじめています。人とミツバチの素敵な関係はすっかり人優先に変わってしまったようです。
(平成29年4月 ハチ蜜の森キャンドル通信「ハチ蜜の森から」No.38より抜粋)