のともしび


 蜜ロウソクを作り始めてまもなく30年になりますが、未だに炎が透かし出す「蜜ろう」の黄色や橙色に焦がれてしまいます。
 例えるなら、日差しが紅葉の葉っぱを透かし出す美しさと同じです。その絶妙な色は、部屋全体もオレンジ色に染め上げ、じわじわと心にも染みはじめ、私はいつも安堵な時間を手に入れることができます。優しくて、暖かくて、嬉しくて、ありがたくて、ちょっと切ない、そんな感情が湧き出してくる美しさなのです。
 しかし、残念なことに、この蜜ろうの色は実にはかないです。めずらしいからと包装を解いて飾ってしまえば、小一ヶ月程で色がくすみ始め、半年とか一年経てばうす茶色や白っぽい色になってしまいます。最大の原因は紫外線です。太陽の光はもちろん、電気照明すらも色を破壊します。悲しいことに包装しているものすらも、半年も経てば褪色が始まります。儚い色だからこそ、さらに愛おしく感じるのかもしれません。しかし、愛おしく感じる理由は他にもあります。
 蜜ろうは、100%ミツバチの巣です。三代目を継ぐ私の弟は、200群を持つ大規模養蜂家。初夏の採蜜期は私も手伝い、収穫した巣はありがたくいただいてきます。ハチミツは一群から年間50kg以上も収穫できますが、蜜ろうはたった500g程しか採れません。私は、地元朝日連峰や月山をはじめ、八幡平や白神山系など東北各地の養蜂家仲間からも仕入れて製造しています。
 収穫する巣は、採蜜時に切り取る「蜜蓋(みつぶた)」が主となります。これは、蜜が巣穴に満タンになると、保存のため密封する蓋のことです。巣枠からはみ出して作られた「ムダ巣」も大切に収穫します。
 家に戻ると、すぐにお湯で煮て最初の精製を行います。ムダ巣には、幼虫が入っている場合もあるので、腐る前に取り除く必要があるのです。また、巣そのものにはカビも生えますし、巣虫と呼ぶ蛾の幼虫が食い荒らし、排泄臭を付けることもあります。
 お湯で洗われた巣は、一晩経てば分離し、浮かんで固まった蜜ろうだけを取り出すことができます。色が凝縮され、初めて鮮やかな黄色や橙色を見ることができます。
 製造を始めた頃、「蜜蝋の色は、花粉の色が表れる」と、玉川大学ミツバチ研究施設の教授に教わりました。ミツバチは、ハチミツを食べて体内で蝋に変化させ、腹部から分泌し巣材とします。その食べるハチミツの中に溶け込んでいる花粉の色が、蜜蝋の色として表れるのだそうです。
 たしかに、森の中で最も多くのハチミツをもたらすトチノキの花粉は濃い橙色をし、その季節の巣は薄橙色です。そして蜜蝋は、きれいな橙色になります。同じように、黄色の花粉のキハダの季節は、黄色の蜜蝋になります。蜜蝋の色は、蜜源植物がもたらした天然色なのです。
 そして、さらに驚くことがあります。ミツバチは、一生働いても小さじ一杯のハチミツしか集められませんが、蜜ろうは、さらにミツバチが食べた量のたった10分の1程しか分泌できないのだそうです。
 蜜ろうそくのともしびは、小さな命のミツバチがもたらした「森のともしび」なのです。
 

(平成30年2月「
鳥海イヌワシみらい館通信」連載 蜂蜜の森から Vol.25掲載)

 

 

  ハチ蜜の森キャンドル