妖精とウ○チ

 ビーズファーム(ハチ蜜の森キャンドル旧称)から50mの所に、冬の間や土砂崩れの時、森への通行を止めてしまうゲートがあります。ここを『ハチ蜜の森入口』と呼んでいます。なぜならここから先の森には、トチやキハダなどたくさんの蜜源樹が自生しているからです。
 このゲートのあたりは、車が途切れたときや今頃のような雪で車が入れない季節は、私にとってかけがえのない場所になります。不思議な森の気配を感じることができるのです。このゲートから確かに森は始まっていると思うのです。
 ゲートのすぐ手前には、小さな沢が十数メートルの滝になって本流朝日川に合流しています。私のじいさんはかつて、この水を使ってヤマメの養殖を成功させました。ゲートを越すと左側には、一年中清純な水を滴らせている岩盤があります。凍てつく夜に、凍り付いた岩肌の中から「リン、リン」と不規則なリズムの透き通った音が聞こえてきたことがありました。それは、アフリカの精霊を呼ぶ楽器『カリンバ』の音色に似ていて、しばらくの間聞き入ってしまいました。夏には、その岩肌のまわりの湿った斜面は、フキやミズなどの山菜に覆われ、それらを暑い日差しから守るように、さらにナラやカツラ、トチが覆い被さっています。
 やる気が出ない時や、これから何かしようとする時、私はよくここにきてぼーっとしています。森の奥に入った時のように、気持ちを落ちつかせ、心を素直にさせることができるからです。大げさかもしれませんが、私にとってここは最も身近なエネルギー充填の場所です。ここから広がる森全体と私が繋がることができる、神聖な場所なのです。そしてここに、私の聖なる木『妖精モンバの木』があります。

 


ハチ蜜の森入口


 その不思議な出来事が起こり始めたのは3年程前のことです。そして、それはまだこれからも続くような気がします。
 ことの始まりは、知り合いの女性が「木の根本で緑色をした妖精を見たことがある」と打ち明けてくれた時からです。彼女は、10年も前からエコロジーの最前線で活躍している人で、私の蜜ローソクも推薦品として紹介していただいたことがありました。厳しさと優しさを持ち合わせたその人柄からは、とても嘘の切れ端すらも見つけることができず、どうやら、彼女がエコロジー関係の仕事を始めたのも、その出来事が大きく作用していたようなのです。
 そして、そんな話を聞いてから一ヶ月後のこと。
 「ゲートの所の妖精と今まで話をしてました。安藤さんも、見えるんじゃないですか?」今度は東京で自然保護活動をしているというお客様がいらしてこんなことを言ったのです。
  お話を伺うと、 妖精は太い木やきれいな雑木林のあるところに住むことができ、森に入って悪さをする人間には、悪戯をして仕返しをするのが仕事なのだそうです。ピーターパンに出てくるようなかわいい妖精かと尋ねると、ここに住んでいるのは中年のおじさんだと。「もしかして私のじいさんの幽霊?」じいさんなら、ここに住んでそのゲートの鍵を管理していたのでつじつまが合うのです。しかし、幽霊と妖精は全く違うのだそうです。さらに、私が残業している夜にはその妖精は、ときどき窓から覗いて、仕事ぶりを見ているのだとか。
 一度のみならず二度も妖精を見ることができる人と出会い、しかもすぐ近くに居ると言うのです。その人も、とても嘘をつくような人には思えず、私は不思議な気持ちで一杯になっていました。実は妙な嬉しさもこみ上げてきました。

 不思議なことが起きたのはその三日後でした。
 朝ごはんを済ませ、いつものように仕事場に来ると、建物のそばに白いモノが落ちていました。それが人の排泄物とそれに使われた紙だということにすぐに気づきました。なぜならこれで6回目だったのです。
 工房のすぐ近くに小さな広場があって、春早くや工事でゲートが閉まっている時は、釣り人のキャンプ場になるのです。さらに私の仕事場は高床のドームハウスなので、道路から一段低くなっていて、用を済ませるには格好の場所となっているのです。
 その日もテントが張られていました。どうやらそのまま釣りに出かけたらしく、テントと都会ナンバーの車、そしてたくさんの散乱したごみが残されてありました。
 よそからきた人が、ここを汚していくことほど、悲しくがっかりしてしまうことはありません。私が都会からきた人とすぐに仲良くなりたくないと思ってしまうようになったのは、こんなことが原因になっているのです。
 この日は、犯人をその都会の釣り人達に断定することができました。なぜなら、広場に落ちていた煙草の吸い殻と、排泄物のそばに落ちていた吸い殻の銘柄が同じだったのです。
  私は、怒りが爆発しました。絶対に許せないと思いました。だから仕返しをすることにしたのです。私は二つの排泄物をスコップですくうと広場に向かいました。テントにそれをなすり付けてやろうと思ったのです。
 ところがテントに近づくと、その瞬間思いがけないことが目の前で起こりました。突然「ビュー」と強い風が吹き、目の前のテントがフワッと宙に浮き、ゆっくりゆっくり下の朝日川に落ちてしまったのです。固すぎる地面でペグは打てなかったのでしょう。 その様子を見ていて、私の怒りの気持ちも、なんだか一緒に飛んでいってしまったようでした。
 その時、ふと彼女が言った「いたずらをして仕返しをする妖精の仕事」の話を思い出しました。私は、二つの排泄物の載ったスコップを手に思わずゲートを見つめていました。
 それ以来、すっかり気になってしまいました。「妖精は、太い木やきれいな雑木林に住むことができるのです」という言葉を思い出しました。はたしてゲートの所に太い木があったか、きれいな林があったか疑問になり、確かめに行ってみました。
 ぞっとしてしまいました。そこには細い雑木に混じり、苔むした大きなカツラの木の切り株があったのです。その切り株は枯れておらず、何本もの新しい幹が空に向かって伸び、左下にはその存在感をさらに引き立たせるように三角形の洞が空いていました。
 「どうやら本当かも」思わず呟いていました。同時に、私と同じ姿勢を持つらしき隣人の存在に妙な嬉しさがこみ上げてきました。
 これがハチ蜜の森入口の妖精モンバ(門番)の木です。

  (平成10年2月14日発行ビーズファーム通信より)


 この話に、さらに続きができたのは、翌夏のことです。
  ハチ蜜の森の入口のゲートから車で5分ほど入った所に、人がやっと歩けるほどの昔の山道を見つけ、興味津々になって入ってみたのです。途中道が崩れて垂直な崖になっていましたが、どうしても行ってみたくて、私は崖にへばりついてみました。ところが足下の石が崩れ、危うく滑落してしまうところだったのです。それでも何とか越えることができましたが、懲り懲りしてしまい、さっさと山を下りました。 その時、上の方に太い木があるのがちらっと見えた気がしたのです。
 その木のことを思い出したのは、もう葉っぱが落ちた冬に近い秋でした。確かめにそばまで行って、私は声を上げて驚いてしまいました。それは幅が二間程もある大木だったのです。しかも、やはりカツラの木で、あのゲートのモンバの木と姿かっこうが似ていました。違うのはその3倍も大きいのです。近くにももう一本、一抱えもあるカツラの木が堂々と立っていました。

 とうぜん、モンバに連れてこられた気がしてしまいました。
 


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ハチ蜜の森キャンドル