11. 続、二見屋の四郎君

 俺の若いころは、栗木沢と大巻ははりあっていたので、けんかばかりしたものだ。二見屋の四郎は俺より二つばかり若いので、「大巻に卵買いに行くのが一番恐ろしかった」て、いつも話していた。なしてかっていうと。
 今の、明鏡橋のたもとの店の100メートル手前に冬だけ茶店があったものだ。田楽など売っていたのだな、それは芳ばしい匂いしていたものだ。それから今の清野組のとこにも茶店があった。
 昔は、冬の交通機関は、全部ソリだったから、出稼ぎに行かない人は、左沢まで行ってソリをひっぱたものだ。ただ空のソリをひっぱていって、左沢に行って、丸通からこれ運んでなんぼていう仕事で、行かないと仕事があるかないかわかんないのよ。そして皆ソリで運ぶので、明鏡橋を越した茶屋の前から登りだから、そこで一服して田楽食ったのだ。
 四郎君の話だが「ほれ、四郎卵買ってこい」て言われるとぞくぞくするかった。おっかなくて、やんだくって。なしてかというと、卵買いは、明鏡橋を渡った先に鳥屋が在ったのだ。卵屋だな。そのころタマゴと言えば風邪でも引かないと食べられない、遠足にユデタマゴ持って来る人なんていなかった。二見屋は料理で出すのだな。
 四郎君卵買うのに、橋こえらんなんねいので、おっかなくてよ。俺じゃなくって、一級上に「キンタロウ」てきかねい野郎いたのよ。だから、四郎君やんだったのだ。
 だと、茶屋の田楽売りのばあちゃん、おうめさんと言ったかな、「四郎、おっかなくない、おれ見ててけっから、卵買いに行ってこい」それがなにより嬉しかった、てついこの間まで言ってた。よほど、おっかなくて、うれしかったんだべ。(菅井敏夫談)

(つづく)

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『 明 鏡 橋 物 語   談/菅井敏夫氏 聞き手/西澤信雄
コミュニティー情報誌“朝日町新聞”平成10年5月号より抜粋


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