6. おなご泳ぎ

 その頃は、男衆と、女子衆の泳ぎ方はこれは違う。男衆はクロールとか平泳ぎするけど、女子衆は足でね、ボーンボーンて水面たたくのよ。両足そろえて、水面より足出して、水をたたくのよ、手は平泳ぎだったかな、「女子泳ぎ」ていってた。
 それから、今などは、準備体操なんか綿密にするけど、まず準備体操なんかするものでない、河原まで坂道下ってこんなんねい。その坂道で、昔はパンツと、ランニングシャツで泳いだから、まず走りながら服脱いで、そのままパーて、飛び込んだのだ。そだなことして悪いんだけど、「腹ばり濡らせよ」っていわれても、がってしたもんでねい、腹だけチョチョぬらして泳いだもんだ。それから忘れてなんねい準備は、パアーて、指に唾つけて耳にいれた。この前に、「水浴び行こ」てなると、途中に梅の木あった家があったので、そこの梅3つ、4つ取って食った。青梅よ。あるいはキュウリ、行くぶちに、キュウリあったのよ、それかじりながら行った。そして、一番早くザブーていった人が英雄みたいでよ、競って行ったのよ。
 水は今よりあったかかったみたいだ。今は泳いだことないので分からないが。でも1時間ぐらいしたら寒くなった。「口びる紫になったら上がれよ」ていっていたなあ。あそこには砂浜がなかったので、「ジュバコ」ていうか、メダカかなにか日本手ぬぐいで捕まえたりもした。そしてあの河原、穴ばりあったのでそこにはなしたりして遊んだ。
 いつもおちゃめな人ばかりで、坂道どんどん走ってくるの、転ばせたいのよ。草と草とをくくりつけておくのよ。つまずいても草だからケガなどしないけど、そだいして罠かけたものだ。 

(つづく)

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『 明 鏡 橋 物 語   談/菅井敏夫氏 聞き手/西澤信雄
コミュニティー情報誌“朝日町新聞”平成10年1月号より抜粋


朝日町エコミュージアム