7. 誇り

 子供の頃は明鏡橋が自慢だったな。山形県で一番水面から高い橋だと聞いていた。だから俺奴だよく語ったのだ。「小便をして、一番先に出発した小便が、最後に出た小便が出るまで水面に届かない」なんて橋の高さ自慢したり、誇りを持っていたんだ。ついでに小さこい頃の自慢話は何だっていうと、小学校で言うと「大巻の半鐘、和合の子」反対に俺奴だは「和合の半鐘、大巻の子」なんていって、半鐘の高さを競ったのだな。「なあに和合の半鐘なんて大巻の子供くらい低い」なんて、それに「お前らの方には草屋根ばっかりで、トタン屋根あっか」なんて自慢したのだ。その自慢の一つに「明鏡橋てのは、鉄筋コンクリートで高さも非常に高い」なんていう誇りがあった。
 そして景色もきれいだべ。面白の横岩のカーブの紅葉なんて、二見屋の旧屋敷からみて美しかったし、大竹さんの崖のボンテン(ツララ)なんかも大きくて美しかったので、終戦後相撲取りなんかが泊まって静養していたことがあったな。
 明鏡橋ていう名はなんでついたんだべ。明鏡という地名はあの辺りにはない。他の橋は地名のついている橋が多いが、この橋だけは明鏡橋て名がついた。名前のつけ方から最上川第一号の橋の証拠でないべか。
 でもあの橋の真下は気味悪かったくらい澄んでいた。波もなし、鏡のようだった。「明鏡止水の地」というのが当てはまるくらい青々としていた。

(つづく)

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『 明 鏡 橋 物 語   談/菅井敏夫氏 聞き手/西澤信雄
コミュニティー情報誌“朝日町新聞”平成10年2月号より抜粋


朝日町エコミュージアム