作文1 ハチ蜜の森から (仕事や活動報告、主張!etcの作文) 

作文2 養蜂四方山話 (仕事や活動報告、主張!etcの作文) 

蜜ろう利用術(いろんな方のレポート)
ハチ蜜の森文庫(関連図書のご紹介)
通信「ハチ蜜の森から」(年一回発行/pdf)


● 作文3 ハチ蜜の森料理店 ●


ハチ蜜の森料理店の開店の目処は未だ全くたっておりません。もう暫くお待ち下さい。
ハチミツのお求めはさくら養蜂園

 

 
37.母なるりんごたっぷりヨーグルト NEW

 和合平という所に、朝日町のりんご栽培のはじまりの木があります。120歳の「紅玉」の木で、いつも優しくあったかいオーラを放っていて、まさに朝日町りんごのマザーツリーと呼ぶにふさわしい木です。花の季節は、実家のミツバチを近くに置くので、もしかしたら受粉しているかも知れません。
 昨年9月、イラストレーターの平澤まりこ氏率いる山形ビエンナーレのスタディツアー(東北芸術工科大学主催)のみなさんにごちそうしたく、園主の菅井敏一さん(和合)に無理言って完熟前のものをいただいてきました。奥様から「まだかなり酸っぱいから「昂林」に混ぜてちょうどいいよ」とアドバイスをいただきました。さっそく妻が、試行錯誤しながら、ハチミツを入れて煮てくれました。
 溶けて形をなくした昂林のペーストの中に、紅玉の酸味のある果肉のかたまりが残っているのがいい食感で、さらにヨーグルトの酸っぱさに調和してとても美味しかったです。
 なにより120歳のマザーツリーの優しさを感じる幸福な味でした。平澤さんが後日メールで絶賛して下さいました。
 マザーツリーと菅井さん、そして妻に感謝。

(平成27年8月発行 通信「ハチ蜜の森から」No37より抜粋)

 

36.ミルクシチュー 

 小さな頃、母がカレーを作るためにジャガイモや人参、玉ねぎを煮ていると、私はいつも「シチューにして!」と懇願しました。母の作るミルクシチューは、カレーの魅力にも勝り大好物だったのです。
 そのシチューは鶏肉を入れるので、牛乳の白いスープの上に黄色い脂が浮いているのですが、これに緑のパセリとコショウを振りかけると香りも味もたまらないものになるのです。子供なのにこの二つは絶対必要でした。
 初めはシチューだけスプーンですすりましたが、まもなくご飯を入れてかき混ぜて食べました。これは未だにやってしまいます。
 クリスマスは、鳥ももの塩コショウ焼きとこのシチューが定番でした。時には鉄砲打ちをしていた父や祖父が獲った山鳥の肉が入ることもあり、その油の香りと味はまったく極上でした。
 自分で作って分かりましたが、ハチミツを入れるとコクのある甘みに引き締まるのです。
 ずいぶん前のこと。東京で働いていた兄が年末に帰省した時も、母は決まってこのシチューを作りました。もちろん兄の大好物でもあったからです。ある時、つまらないことで母と兄が喧嘩になったことがあって、怒ったまま兄が帰ることがありました。私はこっそりハチミツの瓶にシチューの残りを詰めて、車で送り届けた山形駅で「東京に着いてから開けて食べて」と兄に渡しました。そのシチューが、望み通りにうまく役割を果たしたかどうかは、もうちょっと歳をとってから聞こうと思っています。
(平成26年6月発行 通信「ハチ蜜の森から」No36より抜粋)

 

35.ハチミツ酵母パン NEW

 長井市でパン製造に従事する飯澤雅子さんは、自宅では天然酵母パンも焼いていらっしゃいます。スライスして軽く焼くと、もちもち、カリカリ、香ばしくて絶品なのです。フェイスブックで知り合ってから、我が家用に時々お願いして焼いてもらっています。
 面白いのは、金柑やりんごなどの果物はもちろん酒粕などからも酵母を取り出して育てて使っているのです。それならハチミツからも作って欲しいとお願いしてみました。なぜなら実家のハチミツは、熱処理に注意しているので酵母が生きているのです。
 はじめは分量が分からず不安だったそうですが、長年の勘を頼りにしてやってみると、見事発酵種はできたそうです。そして何度も試作をされて、ついに念願のハチミツ酵母パンが我が家にも届きました。
 まさに絶品でした。聞いていたとおり、発酵種にハチミツが入っているので甘さがあり、まろやかな味がしました。そして、ひと噛みするとミツバチが働くハチ蜜の森が浮かんできました。飯澤さん、願いを叶えて下さりありがとうございました。
 ちなみに、ハチミツが生きているかどうかは、簡単に確認することができます。ペットボトルなどに少しのハチミツと同じ量ほどの水を入れてかき混ぜて置いておくだけです。酵母が生きているなら、夏場なら2〜3日で発酵して、蓋を開けるといい香りとともにプシューと炭酸がもれ出します。

(平成26年6月発行 通信「ハチ蜜の森から」No36より抜粋)

 

34.カボネード

 柏倉伸明さん美沢さんご夫妻は、震災を機に横浜から朝日町に引っ越されてきました。町に貢献したいと、積極的にイベントに参加したり、町のことを取材してブログで発信して下さっています。ハチ蜜の森キャンドルにも取材に来て下さいました。
 その時に、美沢さんの大分県のご実家で作られた「カボス」をたくさんいただいたのです。しかも無農薬とのことで大喜びしました。実は、これを皮ごとスライスしてハチミツに漬け込むのです。瓶の中で、カボス酵母とハチミツ酵母が出会い、数日後にはおいしいカボネード発酵液ができます。実は、母が昔作った事があり、その時の美味しさを忘れられずにいたのです。レモネードより香りが上品で、ホットでもアイスでもおいしくいただけます。冬じゅう、何度もハチミツを足して楽しんでおりました。ごちそう様でした。 
 ※ 柏倉さんのホームページは、「朝日町shellのブログ」で検索して下さい。
(平成25年2月発行 通信「ハチ蜜の森から」No35より抜粋)

 

33.苺ミルク

 実家の採蜜の手伝いで忙しくなる前に、宮城県山元町でイチゴ農家のビニールハウス設置を手伝ってきました。土を平らにならしたり、50メートルものビニールを屋根にかける仕事でした。
 嬉しいことに、休み時間のたびに山盛りイチゴをいただきました。おそらくあんなに食べたのは人生で初めてです。甘くてジューシーで、本当においしかったです。
 イチゴは酸っぱいイメージがあって、大人になってからは好んで食べた事がありませんでした。子どもの頃、練乳は贅沢だったので、仕方なくハチミツをかけていました。2、3個食べると残りをスプーンでつぶして牛乳を入れてイチゴミルクにしました。イチゴはそうやって食べるのが一番好きでした。
 ところで、イチゴをいただきながら嬉しい話を聞きました。このイチゴは、プランター栽培ではなく直接土耕栽培で実ったものだったのです。昨年4月に、隣の亘理町のイチゴ農家に手伝いに行った時には「塩分を含んだ土では栽培は無理」と絶望視なさっていたので、てっきり新しい土を使ったプランター栽培だと思っていたのです。なにしろ、隣接するご自宅は1階部分がずいぶん破壊されていました。直後のヘドロの風景は容易に想像できたのです。
 ちなみに、栽培に至るにはドラマがあったそうです。津波で流れ着いたものか、畑から一本のかぼちゃの苗が育ち、実り、おいしく食べることができたので、「もしかしたら」とイチゴを栽培してみたら無事に実ったとのこと。雨水が土の塩分を洗ってくれたのだろうと話されていました。
 まだまだご苦労はあると思いますが、未来はちょっと明るいようです。本当に良かったです。
(平成24年5月発行 通信「ハチ蜜の森から」No34より抜粋)

 

32.寒天 

 小さい頃、米沢の父の実家へお墓参りに行くと、毎年楽しみだったのがおばさんの作ってくれた「寒天」でした。砕いたくるみがびっしり閉じ込められているものです。私が兄弟の中で一番楽しみにしていることを知っていて「竜くんのために作って待ってたよ」と言って出してくれました。私が大人になってからも何度か出してくれたことがありました。
 おばさんの作る寒天は砂糖を使っていたと思いますが、母はハチミツで作ってくれました。牛乳に缶詰のみかんを閉じ込めたものが大好きでした。
 兄が中学生位の時に、興味本位で寒天を作ってくれたことがありました。それはなにも入ってない透明なものでしたが、切って皿に載せるとプルンプルンしていておいしそうでした。それに当時大好きだった「みつ豆缶詰」の四角い透明ゼリーと同じに思えました。ところが口に入れてみてびっくり。甘くないのです。ハチミツを入れたというのですが、少量だったらしく全然甘くないのです。寒天好きな私は、甘みがない寒天がまずいことを知りショックでした。それでも、もったいないので、兄をにらみながら、ハチミツをかけて食べました(笑)。

(平成23年2月発行 通信「ハチ蜜の森から」No33より抜粋)

 

31.バターナッツかぼちゃ

 毎年続けている「かぼちゃランタンで小人の村づくり」で5年程前からバターナッツかぼちゃも使っています。かぼちゃらしくないヒョウタンのような形をしていますが、皮が薄いので、キャンドルを灯すとまるごと透けてとてもきれいなのです。いつも数個しか手に入らなかったのですが、今年はあちこち探し回りたくさん手に入れることができました。
 無性におなかが空いた深夜残業のある夜のことでした。ふと、飾っていたこのカボチャが目に入り、縦に4等分にして鍋にかけました。
 煮えたカボチャを取り出して皿に載せると、その形がかわいらしく、種の入っていた凹みはハチミツを入れるのにちょうど良いものでした。
 まずはハチミツを付けずに食べてみましたが、充分に甘くておいしく、絹で濾したような舌触りが不思議な食感です。  
 いよいよハチミツの入れてある凹みを崩すように食べてみました。やはり絶妙なとりあわせでした。しかも種の入っていた下の部分は粒子が粗くハチミツと絡み合い、違った美味しさ感じます。しかも食べ方が高級メロンを食べているようでおしゃれで、最後にぺらぺらの皮一枚だけ皿に残るのもなんともこっけいです。
 クリスマスまで何個も食べ続け、ついに残りが一個となってしまいました。食べたいけれどなかなか食べられない日が続いています。

(平成22年2月発行 通信「ハチ蜜の森から」No32より抜粋)

 

30.ハチミツ黒酢 

 ドラッグストアーなどで黒酢を見つけるたび、ふっと懐かしく酸っぱい思い出がよぎります。
 中学生の頃、玄米黒酢に母がはまっていたことがあったのです。持病の高血圧を考えてのことだったそうで、私たち子供たちも毎日のように付き合わされました。黒酢は水割りだけではふるえる程酸っぱく、ハチミツを入れてもまだ酸っぱくて、渋々飲んでいた記憶があります。しかし、毎日飲んでいるとだんだん慣れてきて普通に飲めるようになったものでした。
 黒酢の効用を調べてみると、やはり高血圧を予防する働きが一番にあげられています。そしてサラサラ血液を作り、活性酸素をブロックする抗酸化作用をもたらし、神経系に作用し精神安定をはかり、さらに抗アレルギー効果や免疫機能を活性させるなど、優れた効果には切りがありません。そこにビタミンやミネラルの宝庫のハチミツを入れるわけですから、現代病を予防する最強のドリンクと言えるようでした。
 というわけで、我が家でも実際に飲み始めました。子供たちは渋々飲んでいるようです。(笑)
※ハチミツ1 : 黒酢1に混ぜたものを、小瓶に詰めておくと便利です。5倍位に水でうすめてどうぞ。
(平成21
年1月発行 通信「ハチ蜜の森から」No31より抜粋)


29.ドーナツ 

 我が家でも大好きな「ミスタードーナツ」のドーナツには、いろんな味や形、色があって、とても華やかです。でも、優柔不断な私はいつも「オールドファッション」という昔ながらの形のものを選びます。生クリームやチョコがトッピングされていない昔ながらの定番です。そんなに甘くないのと、私のドーナツのイメージがかなり固定されてしまっているせいもあると思います。
 子どもの頃、ミスタードーナツはなかったので、ドーナツは憧れの食べ物でした。母が作るドーナツは、グラスやさかずきを道具にして作りました。平たく伸ばした生地を、グラスを逆さにして丸く抜き取り、穴は細長いさかずきを逆さにして抜き取るのでした。私も面白くて手伝った記憶が残っています。必然的に、出来上がりは、輪っか型と真ん中の小さな丸形もありました。
 ハチミツや粉砂糖をかけて食べました。オールドファッションの半分しかない小さなサイズでしたが、私たち子どもには楽しみなドーナツなのでした。
(平成20
年2月発行 通信「ハチ蜜の森から」No30より抜粋)

 

28.たまご焼き

 兄も私も小学生の頃。弟も小さかったので、両親が朝早いハチミツ収穫に出かける日は、祖母が前日から泊まり込み、朝ご飯を準備して学校へ送り出してくれました。
 祖母の作る卵焼きの形には特徴がありました。フライパン一面に丸く広げて焼き、固まりかけたところを半分にたたみ、さらに半分にたたんだ扇形をしていました。祖母はハチミツ屋にも関わらず、そこに砂糖をかけて醤油をかけて出してくれました。案外、祖母も私たち子どももハチミツは飽きて砂糖のほうが美味しく感じたのかもしれません(笑)。
  母が作ると、さすがにハチミツに醤油でした。卵に一緒に溶いてから焼いてくれることもありました。甘い焦げ目がおいしいのです。どれも大好きな卵焼きでした。
 クリスマス前の深夜の残業から帰って、思い出して作ってみました。熱々の焼きたてにハチミツをほんの少し、たらーっとかけて、すかさず醤油をじゅーっと。
 おかげで、いつもより飲んでしまいました。
(平成19
年2月発行 通信「ハチ蜜の森から」No29より抜粋)

 


27.ハチミツバナナミルク

 十代の頃、養蜂が暇になる冬期間、父だけが南房総の仕事に出かけ、私は山形市の十字屋駅前店8階のレストラン「銀座トリコロール」でアルバイトをしていました。ウエイターの他に、毎日、毎日、海老100匹、タマネギ30個を剥くのが日課でしたので、今でもその技だけは腕に残っています。
 ある日、4階店のパーラーを手伝いに行ったときに、はじめてバナナジュースの存在を知りました。作り方はいたって簡単で、ジューサーにバナナと牛乳と氷を入れ、スイッチを押すだけ。バナナの甘さが少ない時は、ガムシロップで調整していました。バナナと牛乳の甘さと、細かく砕かれた氷ののど越し感が、まだまだ子どもの味覚だった私は、いっぺんで好きになってしまいました。
 家に帰り、さっそく自分で作り、ガムシロップの代わりにハチミツを入れました。これがまた深い甘みに感じ、しばらくの間、一人で何度も何度も作って飲んでいました。
(通信No.28より 18年4月) 

 

 

26.カリカリしそ梅

 先日、料理店「ふくろう村」を営む友人が、梅のハチミツ漬けの方法を聞きにきましたが、実家に行って直接母から聞くように伝えました。
 前にも紹介しましたが、母の戸棚の中には、梅はもちろんカリンや山ぶどう、サルナシ、マタタビ、ラッキョ、ニンニク、レモン、カボスなど、いろんなハチミツ漬けがあるのです。特に梅は、柔らかいものから固いもの、青いもの、黄色いもの、赤いものと種類が豊富でした。
 友人と話していて思い出したものに、カリカリしそ梅を思い出しました。シソも入った赤いカリカリ梅をきざんだもので、甘酸っぱく、ご飯に汁ごとかけてかき混ぜて食べるのが大好きでした。おにぎりにしてもらうのも好きでした。しかも桜色のご飯になりましたから、まだ甘党だった私たち子ども三兄弟にとっては、楽しくうれしいおかずだったというわけです。
 大人になって、砂糖で作ったものを時々旅館や知人宅で、ごちそうになることがありますが、口に入れるとすぐに(違う)と思ってしまいます。まろやかさがなく、単調な味に感じてしまうのです。あるいは、あの頃のようなもっと甘いものを期待しているのかも知れません。
 さて、友人の料理店では、どんな母の味に出会えるようになるのか。大いに期待してます。
(通信No.27より 17年8月) 

 

 

25.笹巻き

 先日、小学4年の娘が学校で“笹巻き”作りにチャレンジしました。案の定、実家の母がさっそく聞き付け、まもなくい草で吊るされた、たくさんの笹巻きが届きました。
 笹巻きは、もち米を笹の葉でくるんで蒸したもので、面白い三角形の形をしています。笹の葉の抗菌作用のため、冷蔵庫に入れなくても一週間以上、味を損なうことなくいただけます。
 子供の頃、器用に母が作るのを、じっくり見たことがありました。笹の葉をロート状にして左手に持ち、一晩つけた餅米を入れ、もう2枚の葉を使って覆い、最後にい草で縛ってました。
 普通は、きな粉砂糖をまぶして食べますが、私の家では“きな粉ハチミツ”もしくはハチミツのみでした。餅米にしみ込んだ笹の葉のいい香りは、子供の私にとっても嬉しいものでした。
 山形市の高校に下宿して通っていた時も、毎年季節になると、どっさり笹巻きが届きました。ある時、めずらしがる友達にお裾分けをしたことがありました。しかし、一ヵ月後に訪ねた時も、部屋にそのまま置きっぱなしになっていたのを見つけ、とても悔しくなったことがありました。それからは、絶対に誰にもあげませんでした。
(通信No.26より 16年12月) 

 



24.焼きりんご

 テレビが家に来た日の次に、家族が大騒ぎになったのが、“電子レンジ”が来た日でした。これは、アトム世代の私たちにとって、子どもながらにも科学の進歩を大きく感じた出来事でした。
 父は、「熱燗すると二級酒が一級酒になる」と喜び、母は、レンジについてきたレシピカードを駆使し、ケーキや茶わん蒸しやプリンなど、いろんなものに挑戦し「チン」「チン」していました。母にとっては、うれしい料理ロボットだったに違いありません。
 そんな中で、私が楽しみだったのが“焼きりんご”でした。私の住む朝日町はりんご栽培が主産業なのです。さらに花粉交配にミツバチをリースするため農家の皆さんからたくさんいただけるのです。
 真ん中の種を専用の道具でくり抜き、バターを入れてハチミツをたっぷりかけて「チン!」。スプーンであつあつの果肉を救いとって、フーフー言いながら、いつもまるごと一個を食べました。これは簡単にできたので、りんごの種類もかまわず、自分で度々こしらえて食べていました。電子レンジの中で、りんごが回りながら、湯気をたてシワシワになっていくのが、実に不思議でたまらない一時でした。
(通信No.25より 平成15年5月) 





23.ローズヒップティー


 私がこの紅茶をはじめて飲んだのは、2年前の東京講座でした。お世話して下さった松岡恒太郎さんご兄妹が、参加者の皆さんにごちそうして下さったのです。
 ガラスのティーポットに用意された淡いワインカラーの紅茶は、その時、日光に透かしだされてとてもきれいでした。私が持って来たトチノキのハチミツを入れて口に含むと、渋みのない甘酸っぱさが口の中に広がりました。紅茶というよりは、ホットジュースといった感じです。私はいっぺんで気にいってしまいました。なにしろ空き箱をいただいて帰ったほどです。
 その後の調べで、ローズヒップはバラの実だということが分かりました。ビタミンCが豊富で、疲労回復や肝臓、胆嚢の働きを活発にする効果があるとして、近頃ブームになっているようです。
その後、山形での入手先も見つけ、工房にお子さん連れのお客様がいらっしゃると、ハチミツをたっぷり入れてお出ししています。残さず飲み干すことはもちろん、みんなおかわりして飲んでいきます。

(2003.4月)



22.ハチミツ酢


 朝日町大暮山の鈴木美江子さんのかけがえのない飲み物は、ハチミツ酢だそうです。鈴木さんは、白い紙ひこうき大会会場の大暮山分校で、若い頃に調理師をなさっていました。パン給食のはじまりの時に、鈴木さんが苦労して手作りしていた蒸しパンは、今は40才を過ぎた子ども達の大切なおいしい思い出になっています。その鈴木さんは、若い頃急性リウマチになってしまいました。そして、通っていた病院の先生にすすめられて毎日飲んだのがハチミツりんご酢だったのです。その後見事に体質が改善され、症状はとても軽くなったのだそうです。鈴木さんは「命の水」とおっしゃっていました。
 実は私も、一時、母に無理矢理飲まされていました。うちは玄米黒酢でしたが、学校に行く前にそれを飲み干さなければならなかったのです。その効果はともかく、あの酸っぱさは、子どもの私にとってはあまりいい思い出にはなりませんでした。

(2002.12月)



21.レモネード


 山々が本格的に色付きはじめた10月の終わり、隣町の大江中学校3年2組の生徒達から「今年も応援に来て」と手紙が届きました。実は、私もそろそろかなと、とても気になっていたのです。それは恒例の合唱コンクール。この辺りの中学校では最もレベルが高いと評判のコンクールです。
 この3年2組は、昨年春に蜜ロウソクやミツバチ観察の体験にいらして下さり、それから仲良くしていただいてます。素敵な展開のきっかけになったのは、担任の安孫子先生の発案でみんなで作った一本の大きな蜜ロウソクでした。一人一本ずつ細長くのばした蜜ろうを先生が集め、束にしたまんなかに糸を入れ、ぐぐっとひねりました。部屋を暗くして灯したその光りは、みんなの力が一つになった象徴のように感じられました。そして、ことあるごとにそのロウソクに火を灯して思いを共にしているのだ そうです。
 昨年のコンクールは、まさかの惜敗だったので、私自身、また必ず応援に行くと決めていたのです。当日は、娘のゆふみ(小1)と、レモン1個を、ハチミツにぎゅーっとしぼって入れ、レモネードの濃縮液を作り、大江中学校に駆け付けました。そして3年生の部がはじまる直前の休み時間に、お湯で割ってみんなにご馳走しました。その時、練習を聞かせていただいたのですが、すでに、胸にぐっとくるものがありました。ゆふみは指揮者のたくろう君のりりしい姿がいたく気に入ったようでした。
 そして本番。たくろう君があの蜜ロウソクに火を灯し、足下に置くと、いよいよ合唱が始まりました。私とゆふみは、静かな会場で、ささやくように「がんばれ〜」を連呼しました。私は、私のことではないのに、大変緊張していました。曲が終わると私とゆふみは、誰よりも最後まで手を叩き続けました。
 結果発表があった夕方、受話器の向こうから、生徒達の歓喜の絶叫が聞こえてきました。私におんぶして受話器に耳を寄せていたゆふみも大喜びしました。メデタシ。メデタシ。私もゆふみも、レモネード味の素敵な思い出になりました。こちらこそ、ありがとうございました。

(2001.12月)



20.グリューワイン


 真冬のハチ蜜の森企画、「スノーランタン作り」のホットドリンクサービスのメニューの一つに、甘くてあったかくて、いい香りの「グリューワイン」があります。
 これは初めて企画した年に、料理店「牡丹」を経営する斎藤頼靖君が作ってくれたのが始まりでした。ドイツあたりの冬の飲み物だそうです。作り方はとても簡単で、ワインの赤を鍋で沸かし、たっぷりのハチミツとシナモンで味付けをするだけです。寒さの中、湯気のたった熱々を飲みながら、スノーランタンのきれいな灯りに見入ると、体もポカポカになり、喜びが増してきます。アルコールはほとんど飛んでしまいますので、お酒の弱い方も大丈夫です。なによりハチミツが体に元気を戻してくれます。  ところが、今年のスノーランタン作りでは、とても忙しくしてしまって、私はこのグリューワインをお出しするのを忘れてしまったのです。
 翌朝、すっかり冷えてしまったグリューワインを口にして驚きました。とても美味しいのです。それから私は、毎晩風呂上がりに一人で楽しんでいました。参加者の皆さんごめんなさい。

(2001.5月)



19.ハチミツ大根おろし


 冬。かぜの季節がまたやってきました。
特に私は、人一倍喉が弱いので、ちょっと憂うつな季節でもあります。(扁桃腺を取ったので炎症が起こりやすいとお医者さんに聞いた事があります。)
 少々の喉の痛みにはうがいをしたあと、以前に紹介した梅やカリンを浸けこんだハチミツのお湯割りを飲んで身体をあたため、寝る前に、のどに直接ハチミツを流し込んでいます。ハチミツには強い殺菌力があるのです。
 もう一つ厄介なのが咳です。これは子供の頃、大根おろしにハチミツをかけたものを、よく母に食べさせられました。おもしろいことに、辛くない大根おろしなら、まるでりんごを剃ったもののように美味しくなるのです。子供ながら、ばくばく食べられたことを思い出します。また、大根を浸けこんだハチミツをお湯に溶かして飲まされたこともありました。ぜひお試し下さい。
 以上、ハチミツ屋のかぜ対処法でした。

(2000.11月)



18.ホットケーキ


 ホットケーキはやっぱり、ミックス(粉)の箱のように厚さが2センチ位あって、二段重ねで、バターは正方形のを真ん中にのせて、ハチミツをたっぷりかけて、フォークとナイフで食べたいものです。
  子供の頃、ホットケーキを食べる度にいつもそう思ってました。でも実際は厚さ1センチにも満たず、いつもまるでどら焼きのようでした。二段重ねは、三人兄弟で小さなホットプレートで焼くので、二枚目が焼けるまであの香ばしい匂いの中食べないで待つのは、とても無理なことだったのです。
 バターは、うちはいつも容器に入ったマーガリンだったので、四角くない掘り出したままの固まりを乗せました。バターとマーガリンの違いがわからなかったので、それは仕方がないと思っていました。
  でもそんな不満は、いつもあの美味しさに解消させられました。子供とホットケーキを焼くたび、そんなことを思い出します。

(2000.5月)


結城ななせさん撮影

 



17.ハチミツかぼちゃミルク


 秋のハチミツの森企画『森の精小人の村作り』の、雑木林でのかぼちゃランタンの点灯会の時に欠かせない飲み物になったのが、ハチミツかぼちゃミルクです。こんな飲み物が実際にあるのかどうかは定かではありませんが、繰り抜いたかぼちゃがもったいなくて、ハチミツとミルクで試しに作ってみたのが始まりでした。ところが想像以上においしく、甘さとあったかさが夕暮れ時の冷えた体にとても優しいのです。今年は、底に沈んでいる溶け切らなかったかぼちゃの固まりも味わっていただくために、スプーンも添えました。あったかくて甘ーいかぼちゃをフーフーすすりながらみんなで作り上げた小人の村を鑑賞するという、とても幸せな一時なのです。『森の精小人の村作り』については、コラムをご覧ください。



16.蜂の子のハチミツ醤油炒め&蜂の子ご飯


 先日見た「小麦色の天使」という映画は、信州の田舎の子供と都会からきた子供がクロスズメバチの蜂の子採りをして友情を深めるものでした。子供が幸せそうな顔をして蜂の子を口に入れるシーンでは、会場が「うえー」とどよめき、おもわず、中学の時に母が弁とうに入れてクラスメートが大騒ぎしたことを思い出しました。でも、これがとてもおいしいのです。
 私の家ではもちろんミツバチです。 働かない雄蜂がたくさんいると、ハチミツをたくさん食べられてしまうので、さなぎの時に取り除かなければ ならないのです。
 いろいろな調理方法がありますが、一番好きなのは、醤油と少しのハチミツで炒めたものです。とても香ばしくて、他の食べ物にあてがえない特 別なおいしさです。また、ご飯に入れれば何杯もおかわりしてしまう「蜂の子ご飯」になります。少ししか採れず、新鮮さが美味しさの秘けつですから、残念ですがあまり人にはあげられない養蜂業者だけの味覚です。そういえば仕事の最中に、 ローヤルゼリーで育った女王蜂の幼虫を生のまま飲み込むのもなかなか美味です。新しい女王蜂が生まれてしまうと巣分かれしてしまうので、やはり生まれる前に取り除くのです。これはミツバチ観察 会に参加すると、味わえるかも知れません。 いかがですか?


15.ハチミツ薬草茶


 オトギリソウ、ゲンノショウコ…名前は忘れてしまいましたが、母はいろんな薬草をお茶にしていました。子供の頃は、訳も分からずよく飲まされました。おなかを壊した時や冬の風邪の予防だったようです。そのままでは飲めないのでたっぷりのハチミツを入れました。甘みの中に独特の苦みや香りが生きていて、私たち兄弟には苦手な飲み物でした。ただ、慣れてくると不思議なことにおいしく感じました。薬草茶をごちそうになると思い出します。そういえば、祖母も高齢者活動クラブの薬草部に所属していました。せっかく薬草だらけの所に住んでいるのだから、こういうことをゆっくり勉強しなければなと思うこの頃です。(99年2月「ハチ蜜の森から」16号より抜粋)




14.ハチミツ麦茶


 先日、町のイベントで麦茶を飲む機会があって思い出しました。小学生の時、私の通っていた宮宿小学校は特に水泳に力を入れて下さって、夏の間、放課後や夏休みは毎日毎日泳いでいました。お陰で、県はもちろん東北でも立派な成績をおさめる仲間がたくさんいました。あまりにも成績が良かったので、トロフィーやカップを持って町中をパレードしたこともありました。その特訓の間に休憩時間があって、その時に冷えた体を温めるあったかいハチミツ麦茶がおやつと共に出るのでした。大げさでなく、そのあったかくて甘い麦茶に元気付けられてまた泳ぐのです。誰も残す者などいない、楽しみな時間でした。母に聞くと、父母の会が当番で作りに来てくれていたそうです。「ち なみにハチミツはうちが提供してたんだ」と、自慢げに言ってました。もしかしてあの成績の良さは、今の今まで先生方の指導の賜物だけだと思っていましたが、父母の会のハチミツ麦茶のお陰も十分あったのかも知れません。

(98年12月「ハチ蜜の森から」15号より抜粋)



13.ハチミツプディング


 養蜂の仕事は、11月にミツバチを房総に移動すれば、割とひまができるので、若い時の冬に、いろんなアルバイトを経験することができました。「プリンは焼いて作る」ことを知ったのは、二冬お世話になった十字屋山形店のレストラン『銀座トリコロール』でした。子供の頃、おなかいっぱいに食べてみたいと憧れたプリンです。オーブンから出てくるのが楽しみでいつも気にしながらボーイの仕事をしていました。その後、電子レンジでも作れることを知り、何度も挑戦したことを思い出します。確か、卵、牛乳、小麦粉、バター、バニラエッセンス、そしてたっぷりのハチミツを入れたんだと思います。いつも冷えるのが待ち切れなくて熱々のうちに食べてしまいました。
 
ところでおなかいっぱいのプリンは、その後私の誕生日に、トリコロールの皆さんがかなえて下さいました。

(98年6月「ハチ蜜の森から」14号より抜粋)



12.しょうゆハチミツ 凍み餅


 近頃あまり見られなくなりましたが、この寒い季節になると、どこの家でも凍み餅作りをしていました。凍み餅は、ご飯と少しの餅米をついたものを屋外で凍みらせ、固まったものを板状に切り、縄に編み込み、風通しの良い日の当たらない軒下にぶら下げ、寒気に当てます。夜に凍み、昼に乾き、約一月ででき上がるそうです。そして油で揚げ、しょうゆ砂糖のタレに付けて食べます。北国ならではの保存食です。私の家では、母が残りご飯などを利用して毎年作っていました。そしてタレは砂糖の代わりにハチミツを使っていました。凍み餅は、子供の頃兄弟で奪い合いしながら食べた思い出のお菓子です。

(98年2月「ハチ蜜の森から」13号より抜粋)



11.焼き肉のタレ


 初冬、ミツバチを房総へ移動すれば、養蜂の仕事は春までわりと暇になります。私が中学生の頃、父は房総での仕事を最小限に抑えて、近所の空いていた小屋を3年の約束で借り、母と小さな『はちや』という焼き肉居酒屋を経営していました。房総へ仕事に行く時は休んでしまうという店でした。その『はちや』の売りは、父自慢のハチミツやりんごをたくさん使った“焼き肉のたれ”だったのです。発酵させて少しずつ足して使っていました。お陰で1年間約束を延長してもらう程の繁盛ぶりでした。学校帰りに焼き鳥を刺すのはちょっと苦労でしたが…。

(97年11月「ハチ蜜の森から」12号より抜粋)



10.ハチミツ果実液ジュース


 実家の台所の収納庫の中には、毎年幾種類ものハチミツ漬けが出番を待って眠っています。すべて母親の手製で、特に果実を漬けたものには、山ブドウ、サルナシ、マタタビ、カリン、カボス、青梅、熟した梅などがあり、小さい頃からその果実液に夏は氷を入れて、冬はお湯割りにしてジュースの代わりに飲まされていました。風邪をひいて喉が痛い時は思いっきり甘くしたものでした。大人になると、ウイスキーや焼酎を混ぜて飲んだりもするようになりました。そして今はもちろん、子供たちにせっせと飲ませています。
作り方:ハチミツに漬けて待つだけ。発酵しないように湯煎して65℃で発酵菌を殺せばでき上がり。

(97年6月「ハチ蜜の森から」11号より抜粋)



9.カヌレ


 噂には聞いていたフランスの焼き菓子『カヌレ』が、ついにビーズファームの蜜ろうを使って誕生しました。作って下さっているのは、地元“永勝堂菓子店”の布施裕一さん。いつも朝日町ではめずらしいおいしい洋菓子を作って下さる方です。カヌレはもともと、フランスの女性修道院で400年程前に作られたのが始まりだそうです。修道院では、ハチミツや祭壇に捧げる蜜ローソクを作るためにミツバチが飼われているのです。このおいしさは、ハチミツの森とミツバチと、センスある菓子職人がいればこそだなと、いただく度にニンマリしてしまいます。
永勝堂菓子店 0237-67-2071

(96年8月「ハチ蜜の森から」9号より抜粋)



8.ハチミツ甘酒


 西宮市浜脇子供会でお世話になった米山さんに、たくさんの酒粕をおみやげにいただきました。浜脇は、たくさんの造り酒屋が集まっている地区で、帰りがけには、多くの酒蔵が倒壊した現場(更地)を見せていただきました。ちょうど、阪神高速にスキーバスが引っ掛かって止まっていたすぐ近くです。また、酒の命である地下水の源泉『宮水』は、震災でも枯れることなく多くの人達に水を恵んでくれたそうです。その酒粕は、私の大好きなハチミツ甘酒にしていただきました。

(96年2月「ハチ蜜の森から8号より抜粋)



7.はちみつ梅干し


 つい最近のこと。お手製の梅干しがなくなってしまい、市販のものを買ってみました。ところがそれは塩味が強くきいていて、甘酸っぱい味が好みの我が家ではちょっと食べずらいものだったのです。捨てるのももったいないので、試しにハチミツを入れてしばらく置いてみました。(お手製の梅干しは、もちろんハチミツを入れて作っています。) そして忘れかけた一週間後、梅干しはみごとに我が家好みの味に変わってくれました。ハチミツの水分が余計な塩分を吸い出し、代わりにまろみを含ませてくれたようです。

(95年12月「ハチ蜜の森から」7号より抜粋)



6.ハチミツ入りコーヒー


 「あの甘いコーヒーまた飲みたいね。」久しぶりに会った友達に言われました。小学生や中学生の頃、友達が遊びに来ると、母親が決まって出してくれたのがハチミツ入りインスタントコーヒーです。それはコーヒーというよりも、コーヒー入りハチミツミルクといった方がいいほどの甘さでした。「こんなに甘くして!」と言いつつ、ごくごく飲んでいたことを思い出します。レギュラーコーヒーは、ミルクたっぷりのカフェオーレにするととてもおいしいです。濃厚なエスプレッソコーヒーにもあいます。疲れている時や、小さなお子さんにはぴったりだと思います。

(95年9月「ハチ蜜の森から」6号より抜粋)



5.ふきのとうハチミツ味噌


 今年、妻が作ったものが特においしく感じたのでご紹介致します。朝日町は、里場の積雪が40〜50cm、車で10分程のぼったビーズファームのあたりは1m位、そこから更に10分ほど上れば3〜4m。ですから、どんな野草も山菜も、小一か月ほど楽しめます。時間さえあれば、夏まで八百屋いらずなのでしょうが、忙しいハチミツ収穫の季節でゆっくり山菜採りもできないのがちょっと悔しいです。細かく切ったふきのとうを油炒めして、みそとたっぷりのハチミツを混ぜてさらに炒めればでき上がり。熱々のご飯にかけると香りが食欲を誘い、口に含むと待ちに待った春を実感します。

(95年5月「ハチ蜜の森から」5号より抜粋)



4.ベジタリアン山川の朝日岳山麓野菜カレー


 今回は本格的です。相棒であり親友でもある、山川健次が作る冬野菜カレーを紹介致します。菜食8年、自炊歴10年、インドで食べ歩き1年、無農薬米作り1年、養蜂手伝い1年の彼が、森の恵み多き朝日岳山麓リンゴとハチミツの町で作り出す冬のカレー。それは、野菜の間からピーターラビットがひょっこり顔を出しそうななカレーです。『ベジタリアン山川のカレーを食う会』が季節ごとに開かれています。お問い合わせ下さい。

(95年1月「ハチ蜜の森から」4号より抜粋)



3.ハミツコウイ(蜂蜜氷水)


 この夏、“汗も”との戦いだった吾子玄太の、元気の薬はこのかき氷。7ページで紹介する、桜井さんの『亀屋の氷水』が絶賛されたように、かき氷の上にとろりとかけたハチミツは、なんともいえない深い甘さを楽しませてくれるのです。桜井さんの話を聞き、20年ぶりに再現すると、懐かしい味と夏休みの子供のころの記憶が甦りました。玄太が言います。「ハミツコウイ、シテ!」

(94年10月「ハチ蜜の森から」3号より抜粋)



2.ハチミツトマト


 一年中買うことのできるトマト。でもがぶりとかじって食べたいような甘くておいしいトマトにはなかなかありつけないものです。そんな時はハチミツをお使い下さい。スライスしてお皿に並べたトマトにかけるだけです。「えーっ」と思われるでしょうが、思い掛けないおいしさです。そして忘れないでいただきたいのは、食べた後のお皿に残った汁を飲むこと。子供の頃何度も奪いあいになりました。

(94年4月「ハチ蜜の森から」2号より抜粋)



1.さつま芋のハチ蜜ミルク煮


1.さつま芋を皮のまま小さく切り、ひたひたの水で柔らかくなるまで煮ます。
2.芋がかぶる位の牛乳と多めのハチミツを入れて、焦げないように汁がトロトロになるまで煮込んで出来上がり。

(93年12月ビーズファーム通信「ハチ蜜の森から」創刊号より抜粋)